「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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目からうろこがぼとりと落ちる
     ★★ひーエッセイ★★     2003/08/26 発行
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第96巻 「いまどきのこども」
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 先日、第36巻「あっちくんとたけちゃん」に登場した私の友人K子ちゃんが我が家に泊まりがけで遊びにやってきた。あっちくんとたけちゃんも、もちろん一緒である。
 あっちくん、小学1年生。たけちゃん、3才の保育園児。元気な男の子たちである。

 私は一人っ子である。一人っ子の宿命のうちの一つは、自分と血縁関係がある甥っ子や姪っ子を持つことがないということである。
 私自身にも子供はいないので、子供と接する機会は現在はほとんどない。

 そんなわけで、子供と接する時の力の出し方の塩梅がわからない。結果、彼等が帰ってから、私は一気にばててしまったのである。

 何にしても男の子、とにかくやたら元気である。それに2人とも小さい頃から保育所に通っていることもあり、人見知りはほとんどしない。
 かくして普段は静かな我が家は、あっという間に修羅場と化してしまった。

 跳んだりはねたりするので、ソファカバーはどこかに行ってしまう。カーペットからは埃が舞い上がる。子供の体温で、室内の温度は急上昇する。
 それに、晩ご飯のカレーを作っているとあっちくんがまとわりついてくる。

 K子ちゃんが普段から台所仕事を手伝わせているせいなのだが、「お手伝いする!」と叫びながら、じゃがいもやにんじんを切ったり、鍋にカレールーを入れたがる。

 笑ったり泣いたり怒ったり、子どもたちの感情は猫の目のように変化する。慣れない私は振り回されっぱなしである。
 体力と忍耐と根性がなければ、子育てなどできない。

 ところで、子供をおとなしくさせる道具として有効なのは、今も昔もテレビである。
 幼い子供を持つお母さんたちにとって、特に朝と夕方の教育テレビの番組がなくなることは大打撃なのだ。

 子供の集中力はすごい。好きな番組を微動だにせず、じーっと見ている。そこには大人のように「理屈」などない。
 この集中力が死ぬまで続くなら、きっともっとあちこちに天才と呼ばれる人が出現するのだろうな、などと思ってしまう。

 夕方の教育テレビの番組には、昔ながらの「おかあさんといっしょ」もある。だけど、私が興味を引かれたのは「日本語であそぼ」という番組である。

 タイトルの通り、様々な日本語を「ころがして遊ぶ」15分ほどの番組なのだが、採用されている日本語は子供には全く意味がわからないであろう古典文学の有名な一文や、慣用句が多いのである。
 それに、もともと日本語が母国語ではないKONISHIKIさんがひょっこり登場したり、狂言師の野村万作・萬斎さん親子が狂言を披露したりもする。

 また「じゅげむ」というコーナーでは、落語「寿限無」に出てくるあの長い名前「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ・・・」を、幼い子供が完璧に暗唱するのである。

 暗唱している本人は、この「じゅげむ」が何なのかはたぶんわかってはいない。でも理屈など考えず「暗唱する」ということは、子供にしかできない技である。

 今の世の中、外国語を発音通りカタカナに置き換えてしまって、意味がはっきりとわからない言葉が多い。
 日本で生まれた子供には、正しい日本語を理屈抜きで知ってほしいという番組出演者や制作者の意図があるんだろうなぁ、と感心してしまった。

 それに何よりも、私が小さかった頃の幼児番組より、明らかに知的レベルが高い。
 これも時代の進歩なのだろうか・・・。

 次の日は、どしゃぶりの雨。それにもめげず、4人で映画館へ行った。
「ウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティス」「ウルトラマン伝説」という2本立て映画を見るためである。

 私とK子ちゃんは同年齢。初期のウルトラマンシリーズをテレビで見て育った世代である。
 当時私は「ウルトラマンA」が大好きで、必死になって見ていた覚えがある。でも現在テレビで放送されている「ウルトラマンシリーズ」は、全く見たことがない。

 映画が始まる前、K子ちゃんは「今のウルトラマンって、全然怖くない」と言っていた。

「なんで? 昔よりリアルとちゃうの?」
「リアルやねんけど、ほとんどCG(コンピュータ・グラフィック)やねん。昔のは全部ほんまもんやろ。だから、昔の方が怖いねん」

 リアルなのに怖くないって、いったいどういうことだろう?

 映画が始まった。
 始まる直前までラムネを食べていたあっちくんとたけちゃんは、既に画面凝視・放心状態である。

 まずは「ウルトラマン伝説」の上映である。この映画、ウルトラマンファミリーと人気怪獣が、ただひたすらダンスをするというものである。

 これを見るだけでも、時代の流れを切実に感じて感慨にふけってしまう。
 玩具メーカーと製作会社のたくらみとはいえ、ウルトラマンファミリーはいつのまにこんなにメンバーが増えたのだろうか。

 そしてメイン映画「ウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティス」。
 オープニングシーンを見た瞬間、K子ちゃんが言った「怖くない」の意味が理解できた。

 昔とは違い、今は映画やテレビドラマなどのほとんどがデジタル処理されている。画面がすっきりしていて、とても見やすいのだ。
 けれど、「見えすぎる」のである。

 オープニングの遠景シーンなどは、完全にCGである。ウルトラマンや怪獣は確かに着ぐるみなのだけれど、それさえもCGに頼っている部分が大きいと思う。
 つまり、映画のかなりの部分が精巧な「絵」なのである。

 私が幼い頃に見ていたウルトラマンは、飛んでいる飛行機も円盤も、怪獣が吐く炎も、車も戦車も景色も何もかも全てが「本物」だった。
 本物が使えないシーンでは、精巧な模型が使われていた。

 画面に陰影があったので、怪獣が出現する海がプールであっても、糸に吊された飛行機だったとしても、それらしく見えた。
 本物らしさを追求するあまり、本物らしさが消えてしまっているのである。

 それにストーリーも昔とは違って複雑で、やはり知的レベルが高い。
 子供に付き添ってくる大人の鑑賞にも耐えうるように、現在の世界情勢などもちらりと盛り込まれていたりするのだ。

 K子ちゃんのご主人も私たちと同年齢で、当然ウルトラマンのファンである。彼はあっちくんとたけちゃんに、昔のウルトラマンもさんざん見せているらしい。
 映画の後、私はK子ちゃんに聞いてみた。

「なぁ、この子らは昔と今のウルトラマン、どっちがおもしろいって言うてるん?」
「いや、特に優劣はつけてへんみたい。昔のも嫌がらんと見てるということは、どっちもおもしろいと思ってるんとちゃうかな」
「そやけどこの子らが大きくなった時、どっちのウルトラマンが記憶に残るんかな」

 本物と本物に限りなく近い偽物、そして明らかな偽物。時代や技術の進歩で、様々な物を見て育っている、いまどきのこどもたち。
 大きくなったら、彼等はどんなバランス感覚を持った人間になるのだろう。

 考えてみれば、テレビを知らなかった親にテレビを見せられて育った子供が、現在は親になり、やはりテレビを活用しながら子育てをしている。
 そして、テレビで育った最初の子どもたちが今、テレビ番組を作っているのだ。

 今の世の中、どんなに断ち切ろうとしてもテレビとの縁は切れない。
 いまどきのこどもたちに何を教え、伝え、見せるかで、将来生まれる「いまどきのこども」の運命が決まるんだな。

 いまどきのこどもを育むのは、いまどきの大人達。
 今こそ、大人のきちんとした価値観が求められている時代なんだなと、あっちくんとたけちゃんのあどけない姿を見ていて感じた。