「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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目からうろこがぼとりと落ちる
     ★★ひーエッセイ★★     2003/08/11 発行
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第95巻 「朝がまたくる」
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 先日の夜、友人から電話がかかってきた。

 話の始まりは、彼女の愚痴。だけどそれだけで終わるはずもなく、話はどんどん横道にそれていく。
 彼女のご主人は、お仕事でその夜不在だった。それにいつも電話口で走り回っているお子さんは、すでに夢の世界。
 この好条件(?)が重なり、いつしか「耐久長電話」となっていった。

 彼女が次々に繰り出す話は、いつもとてもおもしろい。視点も独特で、特に30代女性の深層心理の分析はものすごく鋭いものがある。
 でも話が横道にそれすぎて、結局何を話していたかがよくわからないという事態に陥ることも、よくあるのだが。

 時間はどんどん経過し、次第に受話器をあてている耳が痛くなってくる。話すネタも尽き、お互い眠くなり始める。
 結局この日電話が終了したのは、午前3時半。5時間以上の長電話となってしまった。

 実は彼女から電話がかかってきた時、仕事をするつもりでパソコンの前に座ったところだった。
 だけど時間的にまだ少し余裕があったので、「これから仕事・・・」などという無粋なことが言い出せなかった。

 結果、予想以上の耐久長電話となり、その日の午前中には仕上げなければならない仕事がまだ残っている状態になってしまったのである。

 眠い目をこすりながらの、徹夜作業である。

 私がパソコンを置いている部屋には、クーラーがない。
 大阪の夏の暑さはすさまじく、日本中で1番暑い日が続く時もあるくらいだ。昼下がりなどは暑過ぎて、正直仕事にならない。
 そんなわけで、いつも窓は全開、扇風機もぶんぶん回っている。

 だけどこの時は夜明け前。昼間の暑さに比べれば、ずいぶんしのぎやすい。

 午前4時前。
 あたりはまだ暗いけれど、空の色が変わり始めた。

 遠くの方から蝉の声がかすかに聞こえてくる。ほんの一瞬の命を燃やすように、時間を惜しむように、太陽がまだ見えないうちから鳴いている。
 いったいどこで鳴いているのだろう。

 午前4時を回った。
 夜の闇が少しずつ遠ざかり、次第に明るくなってくる。まだ太陽は昇っていないけれど、空と雲の色が日の出前のファンファーレを鳴らしているようだ。

 電話を切る前に、友人は「朝、子供の弁当を作らなくっちゃ」と言っていた。彼女はすでに眠りについたのだろうか。

 午前5時を回った。
 日の出だ。太陽が赤く光りながら東から昇ってきた。

 そしてその日も、無事朝がきた。
 どんな1日が待ちかまえているかはわからないけれど、とにかく新しい朝がきた。

 こんなに朝日をぼんやりと眺めるのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。なんだか様々な思いが、心の中にわき出てくる。

 考えてみれば生まれてから今まで、いったいいくつの朝を迎えて来たんだろう。
 朝が来ることなんて意識もしない時の方が多いけれど、朝が重くて仕方がない日々もあったなぁ。

 最初に就職したシステム会社では、いくら先輩達に教えてもらってもなかなか仕事が覚えられなかった。
 会社へ行くのがつらくて、朝なんか来なければいいとさえ思ってた。

 入院していた母の許へ会社帰りに毎日通っていた頃は、朝がもっとゆっくり来ないかと思った。
 心身共に疲れ切っていたからなぁ。

 2年前まで勤務していた会社の上司に言い渡された「自宅謹慎」(詳細は第10巻「私が会社をやめたわけ・敗北編」をご覧下さい)。
 それが解除された最初の出勤の朝なんて、心も体も痛くてどうしていいのかわからなかった。

 仕事の手は止まる。
 さっきまでの長電話同様、私の思いはどんどん横道にそれていく。

 最近、私はちょっとへこんでいる。
 仕事で、ある人のHPを作成・運営している。その人が私に対して言う言葉はいつも決まっている。

「あなたにおまかせします。自由にやって下さい。全ておまかせします」

 だけどその人は、HPを私が更新するたびに様々な修正依頼を出してくる。それらは全て、「木を見て森を見ず」的な要求ばかりである。
 そして新しい局面を求めて少し切り口を変化させると、「あなたらしくない」と言われる。

 あなたは私に「全ておまかせします」と言い切ったのではなかったの?
 私でさえ把握していない「私らしさ」が、あなたにわかるの?
 あなたは私に、いったい何を求めているの?

 どんな仕事をしていても、扱いが難しいクライアントは必ずいる。
 わかってはいても、なかなか思いがかみ合わない時は、ちょっとつらい。そこまで口出しをするならご自分で運営して下さい、と言いたくなる。

 でも、今見つめている朝は、昨日とは違う朝。昨日から見れば、明日なんだ。
 だから、昨日とまるっきり同じ今日では、絶対にないはずなんだ。何か新しいことが思いつくかもしれない。何か突破口があるかもしれない。
 へこんでばっかりじゃ、いけないなぁ。

 しみじみしながら、仕事を再開する。

 遠くかすかだった蝉の声は、既に近所からも聞こえ始めている。
 施設に入所している早起きの父は、もう外で朝の空気を吸っているのかな。

 窓の外は、だいぶ明るくなってきた。
 私と同じように今この朝を見つめている人は、他にどのくらいいるのだろう。

 再び仕事の手が止まる。

 高速道路のサービスエリアなどに停車しているたくさんの車や、電車内の乗客を見ていると、ふと思ってしまうことがある。

 みんなはいったいどこに向かっているのだろうか。
 遊びに行くのだろうか、それとも仕事に向かっているのだろうか。
 今どんな思いで、車や電車に乗っているのだろう。
 目的地で彼らを待っているのは何なのだろう。

 向かっている場所も、目的も、思いも、その他何もかもがみんな違う。それは自然なことだけれど、とても不思議なことだ。
 だけど、どの人にも毎日毎日変わることなく夜が来て、また朝がやってくる。

 他の人たちの朝は、いったいどんな朝だろうな。

 世の中には人の数だけ、喜びや悲しみ、苦しみや痛み等、様々な思いがある。
 朝の始まりを見つめていると、朝は毎日「昨日」をリセットしてやってくるじゃないかとも思える。
 人は「昨日」をリセットすることはできないけれど、自然が人の代わりにリセットしてくれているんじゃないかな。

 夜が明けて朝が来る。闇の後に光が差す。始まりがあれば、終わりもある。
 人は毎日毎日、進んだりやり直したりするチャンスを、自然から贈られているのだ。

 今日も明日もあさっても、朝はまたくる。きっとくる。

 さぁ、今度こそ仕事をしなければ。
 今日も暑い1日になりそうだ。