「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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目からうろこがぼとりと落ちる
     ★★ひーエッセイ★★     2003/07/29 発行
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第94巻 「父の総決算」
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 父が今の施設に入所したのは5月の初旬。もうすぐ3ヶ月が経つ。
 新しい環境にまだ慣れきってはいないので感情の起伏が激しい時があるけれど、今までとは違う時間の流れに慣れようと、本人なりに努力しているのが見受けられる。

 それまで過ごしていた病院や施設は、人の出入りも多くてにぎやかだった。だけど今の施設はとてもこぢんまりとしていて、なおかつ部屋は個室である。
 大部屋でばかり過ごしていた父は、あまりの静けさに最初は本気で面食らっていたようだ。

「『うるさい』ってよう文句言うとったけど、同じ部屋のおっちゃんのいびきも、今となっては懐かしいやろ」と私が言うと、父はしみじみ言っていた。

「ほんまやなぁ」

 静けさには閉口したようだが、喜んだのは部屋にトイレがあるということ。
 父は胆嚢を全摘して以来、利尿剤の入った薬を飲んでいる。そのせいもあって、とにかくトイレが近い。我慢できずに漏らしてしまうこともある。だから尿は尿瓶で取り、便をする時だけ便器に移動しているのだ。
 夜、再三に渡って大部屋で尿瓶を使ったり、車椅子でトイレに移動したりすることが、父にとってはストレスのひとつでもあったのだ。

 だが部屋のトイレの手すりは、左手足が不自由な父にとっては真反対に設置されている。つまり、右手が手すりに届きにくいのである。
 最初の頃は「手すりに手が届かへん。こんなトイレ使われへん」とかなんとか言って、かなり文句を言っていた。

 だけど私は父のこういう訴えに対して優しい言葉をかけない、父曰く「鬼のような娘」である。この時も父にこう言い放った。

「家のトイレの向きも手すりの位置も、ここと一緒やで。練習したらできるんとちゃうん」

 ぶつぶつ言ってはいたものの、今では何とかやりくりしている。
 こういう父の前向きな姿勢に対しては、いつも尊敬の念を感じる。

 どこの病院や施設に入っても、父は一番の若手である。だからなかなか話の合う友だちができない。

 痴呆の人もおられるので、玄関のドアは暗証番号を入力しなければ開かないようになっているのだが、隙あらば脱出しようとしている人もいる。
 プーさんのぬいぐるみに1日中話しかけたり、プーさんといっしょにおやつを食べたりしている人だっている。

 痴呆がない人でも、自室で1日過ごしている人も多い。それにやはり、圧倒的に男性入所者が少ないのだ。

 老健施設とは違い、「リハビリの時間」というものもなくなってしまった。そのうえ父には「趣味」というものがない。
 要するに、1日むちゃくちゃ暇なのである。

 そんな父の最近の日課は、外でのひなたぼっこである。天気のいい日は朝早くから外に出ているため、腕はよく日焼けしている。

 最近になってやっと玄関のドアの暗証番号を覚えた父は、施設内では1、2を争う「しっかり者」。
 なので、父が外に出ても職員さんは特に何もおっしゃらない。

 近くには電車が走り、JRの貨物線もある。それらをながめながら、毎朝決まって施設の前を通る人たちと挨拶を交わすようにもなったそうである。

 近所に保育園もあり、毎朝同じくらいの時刻に、園児と保母さんが施設前の道路を散歩する。大きな乳母車に園児が数人立ち乗りし、保母さんがそれを押して通る。

 毎朝ひなたぼっこをしている父の顔を覚えた園児達、さかんに手を振ってくれるのだそうだ。
 たいして子供好きでもないのだが、「かわいいもんやぞ」と愛好をくずしている。

 今までとは全く違う事態が起こるきっかけになったのは、買い物である。

 週に1〜2度、職員さんに付き添ってもらって近くのスーパーへ行く。
 おやつの他に、それまで食べたくても食べられなかった大好きな刺身や、ラーメンなども買っているらしい。スーパーのパートのおばちゃんとも顔なじみになり、よく声をかけてもらうそうである。
 スーパーなど、父は少なくても20年以上は行ったことがなかったはずだ。

 この買い物のためのお小遣いの額でも、父とは再三バトルをする。
 父はお金に関しては非常に無頓着な人である。「お金が空から降ってくればいいのに」などとぬかす人でもある。

 1週間に1度、2,000円を100円玉で渡すのだが、これが父には気にくわない。

「1つだけ、物が帰るか。かっこわるい」
「そういう人のために、スーパーやコンビニがあるんやんか」
「小銭にぎって、買い物なんかに行けるか。恥ずかしい」
「そんなこと言うたって、お札で渡したらすぐ使ってまうし、小銭もなくすやんか」
「もっと金を置いとけや」
「あればあるだけ使うくせに。お金は使えばなくなるんです!」
「ほんまにお前は、けちや。(もらえない自分自身が)情けない」

 先日などあまりに「けち、けち、情けない」と連発するので、本気で喧嘩してしまったほどである。

 施設側から「お酒が飲みたいっておっしゃってるんですけど」という相談を受けたのは、入所してしばらくした頃だったと思う。

 小さい頃から父の酒乱ぶりにおびえて暮らしてきた私は、正直すごく怖かった。
 また以前のように、水がわりにカパカパと飲むようになったら、施設にいられなくなる事態になったらどうしようかとも思った。

 でもその時に私の口から出た言葉は「ほどほどならいいです」だった。
 なぜだか、父の望みを絶ってはいけないんじゃないかと思ったのだ。

 こうして、父のスーパーでの買い物リストに「ロング缶ビール」が加わった。
 今では父が買うビールの銘柄までスーパーの店員さんに覚えられてしまった。
 ビールを入れた袋を下げての帰り道、顔なじみになった路上で果物や野菜を売っているおっちゃんにまで「ビール、買うてきたんか。楽しみやもんな」と毎回声をかけられる始末である。

 買ってきたビールは、一旦施設の冷蔵庫に預かってもらい、自分の冷蔵庫には入れない。このへんは、一気に飲んでしまわないようにという施設側の配慮だと思う。

 父は今、ナイターを見ながら飲んだり、仕事が終わった若い職員さんと一緒に飲んだりするのが、とても楽しいようだ。
 そんな時、父は何を思っているのだろうか。

 たまにドライブに連れて行ってもらうこともあるらしい。
 父は元トレーラーの運転手。全国各地を走り回っていたので、車に乗ることがとても好きである。

 父にとってのドライブは、自分が現役で走っていた時代との景色の違いを確認するためのものである。

 最近日帰り旅行で大阪の海遊館へ行った父、周りの景色のあまりの変貌ぶりにとにかくびっくりしていた。
 海遊館があるあたりは昔は倉庫街で、よく荷物を運んでいたらしい。昔の面影は全くなかったと、繰り返しつぶやいていた。

 海遊館よりも、今と昔の違いを認識することが、父にとっては大事なのだ。

 来月、滋賀県長浜市への日帰り旅行があるのだが、父はそれにも参加したいと言う。

「昔、四日市や米原に行くとき、必ず通ったんや。どれだけ変わってるかを見たいねん」

 海遊館も長浜旅行も旅行会社主催なので、施設利用料金とは別に費用がかかる。正直きついのだけれど、私は父の望みを絶つことが、やはりできない。
 それに、私1人の力ではそんな場所に父を連れて行ってやることができないから。

 そんな父を見ていると、父が今までなおざりにしてこざるを得なかった「過ぎた時間」を、少しずつ埋めていってるのではないかなと、私には思えてならないのだ。
 それはもしかしたら、父の人生にとっては歩く練習などよりももっと大事なことなのかもしれない。

 母は私のことを独占しつくしてこの世を去った。それが母にとっての、人生の総決算だったのだ。
 けれど父の場合は、過ぎた時間の埋め合わせをしなければ、人生を前に進めることができないのだ。やっと父が、人生の総決算を始めることができたのだ。

 施設に入所当時は考えてもいなかった事態が、ゆるやかに父の周りで回り始めている。
 父の長い長い時間の埋め合わせは、今、始まったばかりだ。