「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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目からうろこがぼとりと落ちる
     ★★ひーエッセイ★★     2003/07/17 発行
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第93巻 「居場所」
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 今年の春、半田さんという方から久々にメールを頂いた。

 私のHPに掲載しているエッセイのバックナンバーを読んで下さった半田さんから初めてメールを頂いたのが、1年半くらい前のことである。それがきっかけで、たまにメールを交換するようになったのだ。

 そのとき頂いたメールは、「メーリングリスト開設のお知らせ」であった。
 半田さんがオーナーのメーリングリストを立ち上げたので参加してみませんかという、お誘いメールだったのだ。

 メーリングリスト(以下MLと略します)というのは、メールを利用して様々な人たちと交流ができるシステムである。
 決められたメールアドレスにメールを送信すると、そのMLに参加している参加者全員に同じメールがコピーされて送信されるしくみになっている。これを繰り返して会話が進められていくのだ。
 メルマガ同様、膨大な数のMLが存在する。種類も様々である。

 私も2〜3のMLに参加しているが、ほとんどが仕事がらみのものである。
 顔を合わせることができない者同士が情報や手段を共有することができる、このMLというシステムは、とても便利なものなのだ。

 それはともかく、「誘ってもらった」ということが単純にうれしくて、私はこの半田さんがオーナーを務めるMLに参加することにした。
 ML名は「色々な話題ML」という。参加者が様々な話題について議論し合っていこうというコンセプトを持ったMLである。

 このML、とにかく熱い。
 私は全く知らなかったのだが、オーナーである半田さんは議論系ML界ではかなりの論客で有名人なのだ。
 そのせいもあってか、参加者は個性的な方々ばかり。軽い話題から政治経済、果ては国家に関することまで、様々な討論がメールを通じて活発に行われている。

 実は私は、このような「議論系」集団に参加させてもらうことが初めてである。
 丁々発止の議論をすることがとても苦手だし、投げかけられた疑問や問題について、私は自分なりの答えを即座に返すことができないのだ。

 私も数回投稿させてもらったことがあるのだが、思いもよらない視点から見た返事があったりする。その鋭さに驚いて考え込んでいる間に、他の人同士の会話はどんどん進み、話題はどんどん変わり、結局返事を書く時期を逸してしまう。
 私にとってこのMLは、とてもスピーディーな世界である。

 そんな私なので、参加当初はその激しさや熱さに素朴にびっくりしていた。
 あちこちのMLを掛け持ちし、それぞれで活発に意見を述べているパワフルな方も多い。
 ML初心者である私は、最初そういう状況も把握していなかった。

 右も左もわからないまま、どんどん流れてくるメールを読んでいた。
 内輪話的な内容の会話はさっぱりわからないし、読んでいても意味がつかめない時もある。
 でも、いろいろな考えの人が同じ場所で討論できるということが、実はとても幸せなことなんだなぁと感じたりしていた。

 私がこのMLの雰囲気にやっと慣れ始めた頃トラブルが発生し、MLの存続が危うくなるという事態が発生した。
 この時の反応はすさまじく、参加者それぞれが「MLとは、かくあるべきだ」という持論を展開され、それぞれの立場からこのMLの存続や秩序を守ろうとされていた。

 私はパソコンの前で、あっけにとられてしまった。
 自分が立ち上げたMLでもない。それなのに、どうしてこんなに熱くなれるのだろう。
 読めば読むほど不思議な思いに駆られていた。

 でも時間が経つうちに、ふと思ったのだ。
 この方たちは、MLの中に自分の居場所を求めているのだと。そして、自分の存在意義をも重ね合わせているのだと。

 私が一昨年会社をやめ、何かを表現してみたいと思って選んだのがメルマガという媒体だった。
 以来このエッセイをずっと続け、新たなメルマガを発刊するまでになった。

 当時、MLという媒体をよく知らなかったからかもしれないが、もしよく知っていたとしても、たぶん私はメルマガを表現の場として選んだだろうな。
 ネット上での私の居場所は、HPでありメルマガなんだと思う。

 色々な話題MLが存続の危機に陥った時に熱い意見を寄せた人たちは、ネット上での居場所がMLだと感じているのだろう。
 自分が選んだ居場所がなくなってしまうかもしれないと感じた時、そこへの思いが強ければ強いほど、心が痛いもの。

 幼い頃、私は一人遊びが好きだった。
 家から歩いてすぐの所に、広っぱがあった。広っぱを突っ切ると、レンゲ畑もあった。そこを通り過ぎると、堤防がある。

 近くにあるお菓子工場から漂ってくるチョコレートのにおいをかぎながら、堤防の先をひっきりなしに走る電車を見ながら、私はよくその一帯で遊んだ。
 一人何役もこなして、独り言を言いながら遊んでいた。

 その思い出の広っぱやレンゲ畑があった所には、今はぎっしりと家が建ち並んでいる。
 その現実を目の当たりにしたとき、自分のかつての居場所がなくなったような気がして、寂しさを感じて心が痛かった。

 このMLに参加するまで、自分の居場所のことなんて意識したことも自覚したこともなかった。
 自分の居場所は、自分の心のままに自然にたぐり寄せるものだと思っていた。

 でも自分がたぐり寄せようとしている居場所を作ってくれるのは、やはり人なのだ。
 だから人の本当の居場所は、きっと人の心の中なんだ。

 そのことを、このMLで活発に意見を述べている人たちはよく自覚しておられるように思う。

 MLを立ち上げた半田さんの心に感謝しているからこそ、みんなが一斉に意見を述べた。叱責も飛び交ったけれど危機を乗り越え、MLは今日も活発に動いている。

 インターネットというバーチャルな世界なのに、それを動かしているのは人。人の心が人を動かし、人の居場所さえ作ってしまう。
 たぶんどの人も、そんなパワーを持っているのだろうな。

 私も誰かの居場所を作っているのかな。
 そして私の心は、どこにあるのだろう。