「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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目からうろこがぼとりと落ちる
     ★★ひーエッセイ★★     2003/05/13 発行
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第87巻 「パソコン騒動(上)―さよならThinkpad―」
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 私が初めてノートパソコンを手に入れたのは、今から5〜6年前のことである。

 IBM社のThinkpadシリーズで、CDドライブとフロッピーディスクドライブが内蔵されているタイプだった。現在店頭で見られるような薄型サイズとは違い、厚みがあってとても重い代物である。でもとても頑丈で、一度も故障することがなかった。
 OSは今や少数派になってしまった、Window95である。

 以前勤務していた会社では、一人1台のパソコンが与えられていた。だけど私に与えられたのは、事務所内のサーバーとして使っていたパソコンだった。

 このサーバーパソコンには、営業用資料や見積書などが全て保管されていた。事務所内のパソコンやプリンターはLANでつながれていて、どのパソコンからもサーバーパソコンにアクセスすることができた。
 なんだか全員から私の作業をのぞかれているような気がして、すごく嫌な気分だった。

 でも予算の都合上、パソコンを会社で買ってもらうことはできなかった。
 それに当時の上司は「見られてまずいものが、会社にあるのはおかしい」という考え方で、メールの受信も勝手にしたり、机の引き出しも開け放題である。

 そういう上司の態度が気にくわなかった私は、私物であるThinkpadを会社まで運び、接続からセッティング、LANの設定まで一人で行った。
 パソコンには当然、起動時パスワードもかけた。

 その後の1〜2年、私はこのThinkpadを馬車馬のように働かせた。
 会社でのごたごたや、事務所の雰囲気が目に見えて悪化していく様子も、このThinkpadは静かに見つめてくれていた。

 だけど会社を退職する頃には、世間ではすでにWindows95の時代は終わっていた。それに家には、Windows98搭載のデスクトップ型パソコンがあった。
 そんなわけで、会社を退職してからはThinkpadの出番はなくなり、長い間机の引き出しに眠ったままになっていた。

 このまま手元に置いておいても、もう使うことはない。誰か使ってくれる人はいないかなと、ずっと思っていた。欠点はOSが古いということだけ。メモリーも増設して、購入時よりパワーアップしている。
 いろいろな思い出が詰まっているけど、活用しなければただの箱。あまりにもったいない。ずーっとそう思っていた。

 そして私は、とうとう決意したのだ。このThinkpadを売ろうと。

 まずは、某有名買取ショップのHPに行き、この機種が現在でも需要があるのかどうかを調べることにした。
 メーカー名と機種名を入力して、エンターキーをたたいてみると、このショップでの買取上限価格は5,200円という結果が出た。

 ちなみにこの「上限価格」とは、パソコン本体はもちろん、付属品やマニュアル類、外箱まで全て揃っていて、しかも美品状態でショップに持ち込んだ時につけられる価格である。
 とにかく、私のThinkpadは売れるのだということがわかった。

 私のThinkpad用の外箱は、既に処分してしまっていた。しかしそれ以外の備品は完璧に残っている。キーボード等の壊れもなく、酷使した割には美品に近いように思えた。
 それならいっそのこと、ネットオークションに出品してみようと思い立った。価格はこの上限価格よりも下がるかもしれないけど、だめもとである。

 ネットオークションとは、誰でも参加できるインターネット上のオークションである。様々な商品が売買されている。

 出品者が設定した価格からオークションがスタートし、購入希望者はそれよりも高い金額をつける。これが「入札」である。
 希望者が多ければ多いほど入札回数が増え、それにつれて価格はどんどん上がっていく。そして、最終的にオークション終了時に一番高い金額をつけた人がその商品を落札するというのが、基本スタイルである。

 個人だけではなく業者も多数出品している。それに、物によっては1円というスタート価格を設定している人もいる。
 市場価格よりもかなり安価で購入できる商品もあったりするのだ。
 だけど、入札者が一人もつかないまま終了するオークションも、当然ある。むしろこちらの方が多いのではないだろうか。

 落札するまでは出品者も入札者も、すべてハンドル名でのやりとりである。落札時に初めて、出品者と落札者それぞれにお互いの情報がオークションサイトから連絡が届くというシステムになっているので、安心である。

 私が今回利用したのは、ビッダーズというオークションサイトである。
 ずいぶん前になるが、私はこのビッダーズにポーチを出品して、500円ほどで販売したことがあるのだ。

 今回の私の目標は、まず入札者(落札者)をゲットすること、そしてできるなら「5,200円」という金額をオーバーすることにあった。
 だって私のThinkpadは、当時ものすごく高かったから。それにあまり安価で取引されたら、パソコンに対しても失礼だもの。

 ビッダーズでは出品する際に、出品物の写真を3枚まで掲載することが許されている。
 美品で付属品やマニュアルが全て揃っているということを、視覚的にアピールする必要がある。そこで、Thinkpadの写真を方向を変えて2枚、付属品を一同に集めた写真を1枚、合計3枚デジカメで撮影した。

 PRのための文章は、他の出品者の文章を参考にしながら、あくまで簡潔にわかりやすく読んでもらえるようにまとめた。
 パソコンの仕様は、箇条書きで列記してみた。

 スタート価格の設定には正直悩んだのだが、とりあえず1,000円からスタートしてみることにした。オークション期間は2週間で設定した。
 こうして、私のThinkpadのオークションがスタートしたのである。

 出品当日はとにかく気になって、何度もビッダーズのサイトに出向いた。
 Thinkpadは他にもたくさん出品されているのだが、入札数が意外と少なかったのだ。気になって仕方がなかった。

 まるで、試験の合格発表を待っているような気分。

 だけど、出品当日の夜、最初の入札者が登場したのだ。入札価格は1,100円。たった100円のアップだったけれど、とてもうれしかった。
 入札価格が最終決定するのは2週間先だけれど、とにかくこの時点で私のThinkpadの旅立ちが決定したのである。
 私は「蛍の光」を歌いながら、Thinkpadをぷちぷちシートにくるみ始めた。

 その日以降、私のThinkpadは、ちっくりちっくりと価格を上げていった。
 同時期に出品していた他のThinkpadには、相変わらずなかなか入札はつかなかったので、私のThinkpadへの入札数の多さは結構目立っていた。

 そして出品して数日後、めでたく目標の5,200円をオーバーしたのである。
 うれしさのあまり、パソコンの前で思わず、「万歳三唱」。

 そして2週間後、オークションは無事終了。入札者は26人、最終落札価格は13,000円だった。目標の倍以上の金額である。
 落札して下さった方は、とても迅速に処理して下さって、私も気持ちよく取引することができた。

「CDドライブとフロッピーディスクドライブの両方が内蔵されているノートパソコン」という希望にこだわったせいで予算がオーバーしてしまい、がっくりしながら購入した時のこと。

 なぜ会社で私物のパソコンを使用しなければならないのかと思いながら、それでも必死に仕事をこなしていた時のこと。

 裏蓋をあけて、どきどきしながら増設メモリーを取り付けた時のこと。

 いろいろな思い出と共に、先日私のThinkpadは落札者の許に旅立っていった。

 もともとの値段のことを考えると、げんなりするような落札価格。
 けれど、どんな形にせよ、使ってくれる人がいる。机の引き出しに眠ったままよりは、ずっとまし。
 物は人に使われてこそ、生きるのだ。

 私のThinkpadの第二の人生、すてきなものになるといいのにな。
 そんな感傷にひたっている私を現実に引き戻す緊急事態が、この直後に勃発したのである。


(次回、「パソコン騒動(下)―さよならNX―」に続く)