「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ 2003/04/15 発行
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第84巻 「痛い思い」
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 数年前、専門学校時代の友人の結婚披露宴に出席したことがある。

 学校卒業以来、彼女とは年賀状を交換するだけの間柄になっていた。電話でのやりとりも皆無だった。
 でも、学生時代に仲良くしていたことを忘れずにいてくれた彼女の気持ちが、私はとてもうれしかった。

 本当にうれしかったので、お祝いの品物もずいぶん頑張って探した記憶がある。

 その友人Mちゃんは、学校卒業後、とある有名スーパーに就職した。
 のんき者ではあったけれど、何度かの転勤を繰り返していくうちにキャリアを重ね、10年くらい勤務していた。
 ご主人とは、何カ所目かの転勤先で知り合ったらしい。

 私以外にも、彼女は当時の学校の同級生を何人か招待していた。
 卒業後の就職先はみんなバラバラだったし、住まいも近畿圏内広い範囲に散らばっている。
 学生時代の友達って、会う機会を気合いを入れて設けなければ、会えないものである。

 そんなわけで私たちは、友人の結婚式で会う機会が多い。以前も確か、同級生の結婚式会場での再会だったはずだ。
 だから参列した仲間の中で、Mちゃんのご主人と会ったりしゃべったりしたことがある人はいなかった。新郎の顔を見るのは、その日が初めてだった。

 だから、新郎がどんな人であるかということも、誰も知らなかった。

 結婚式は「人前結婚式」というスタイルで行われた。
 結婚式場の人が司会を務め、参列者の前で誓いの言葉を述べ、婚姻届にサインをする。
 仲人さんもいない。ひな壇には新郎新婦の2人だけである。

「新婦の学生時代の仲間」テーブルは、そのひな壇の真っ正面。
 婚姻届に2人が名前を書くペンの音も聞こえたし、誓いのキスも真っ正面で拝ませてもらった。

 ああいうのって、近くで見ると、ちょっと気恥ずかしい。

 一連の「結婚の儀式」が終わると、そのままの状態で披露宴が始まった。
 披露宴恒例の挨拶などが終わり、宴会は一気にヒートアップし始めた。

 供される食事を頂きながら、私はふとあることに気が付いた。
 新郎新婦ともに同じ職場のはずなのに(新婦は結婚準備のために既に退職していたけど)、彼らの職場関係の出席者があまりに少ないのである。

 やたらと数が多く盛り上がっているのは、新郎の友人達である。歌ったり踊ったりギターを弾いたりと、八面六臂の活躍である。
 その後の2次会でも、彼らのテンションは高かった。

 彼らがある政党の関係者であるということに私が気付いたのは、披露宴司会者が述べた彼らの紹介コメントの、ほんのちょっとした言葉からだった。

 その瞬間、私は何か嫌な予感がした。

 その後Mちゃんとは、再び年賀状を交換するだけの間柄に戻った。
 でもある時期になると、彼女は必ず我が家に電話をかけてくるようになった。それ以外の時は、一切電話はないのにである。

 その時期とは、「選挙前後」である。
 つまり、ご主人の支持する政党の候補者への投票依頼の電話をしてくるのである。

 披露宴の時に感じた「嫌な予感」というのは、このことだった。かかってこなければいいなと、心の中で祈っていた。
 でも、やはりかかってきた。そしてそれ以降、選挙のたびに電話は鳴る。

 この4月は、選挙月間である。
「○○党をよろしく」と彼女からメールが入ったのは、先月のことである。
「○○党の××さんに票を入れて」と電話がかかってきたのは、今月初旬。
「投票してくれた?」とメールが入ったのは、選挙当日。
「『投票してくれてありがとう』」と、後日電話が入るだろう。

 そして次の選挙まで、彼女から連絡が入ることはない。

 彼女から電話がかかるたびに、心に鈍痛が走る。こういう「痛い思い」は、もう二度としたくなかったのに。
 20代に受けた痛みだけで、もう十分だったのに。

 20代の頃、小学校時代の親友から突然連絡があった。

 彼女とは当時とても仲良くしていたし、彼女の家にも遊びに行ったこともあった。だけど、中学に上がってからはクラスも別々となり、疎遠になってしまっていた。
 そんな彼女からの突然の電話である。私はとてもうれしかった。突然の電話の理由なんて、ちっとも考えなかった。

 そして、かつて宿題を一緒にした懐かしい彼女の家で、本当に久しぶりに会うことになったのだ。
 私は、小学校時代に親友と思っていた友達に会えることが、とてもうれしかった。これを機会に、また気楽に行き来できるようになればいいなとも思っていた。
 でも彼女は、純粋にそう思っていた訳ではなかったのだ。

 彼女の部屋で思い出話に花を咲かせていると、彼女の様子が徐々に変化してきた。
 彼女は私にさりげなく「商品」をPRしはじめた。洗剤やシャンプー・リンスといった、家庭用品の類だったと思う。
 彼女のお母さんまでも、さりげなくそのPRに「参戦」してくる。

「絶対いい商品やから! 私も使ってるし、1週間だけ試してみて!」

 結局おしゃべりの後半は、全てその「PR」だった。シャンプーとリンスを抱え、私はとぼとぼと家に帰った。
 だけど、一滴も使わなかった。

 彼女からはその後何度も電話がかかってきたけど、電話口には出なかった。
 事情を知らない母は、いつになく強情な私をいぶかしがった。そして持って帰ってきたシャンプーとリンスを返却するように、何度も私に諭した。
 だけど私は、返却しなかった。彼女とは一切接触したくはなかったから。

 そのうち電話はやんだ。それ以降、彼女からの連絡は一切ない。

 彼女が盛んに口にしていた会社が、このような販売方法でシェアを広げているということを知ったのは、それからしばらく経ってからである。

 私の思いこみが浅はかだったのかもしれない。
 でも仮にも親友だと思っていた時期があった友達が、「懐かしいから会おう」という言葉とは裏腹な言動を見せた時の私のショックは大きかった。

 本当に「いい商品」なら、直接我が家に売りに来てほしかった。
 思ってもいない言葉で私を呼び出すのは、やめてほしかった。

 この時の痛みと、Mちゃんから電話がある時の痛み。
 彼女たちに接点はないけれど、痛みの根本は同じである。彼女たちにとって私は「友達」ではなく、所詮昔の「知り合い」に過ぎなかったのだ。

 私の勝手な思い込みに対し、彼女たちは「決別宣言」を私に突きつけたのだ。それも一方的に。

 正直に言って、私はMちゃんが勧める政党や立候補者に票を投じたことはない。理由はいろいろあるけれど、今後もたぶん投票することはないだろう。
 だけど、そのことを告げられずにいる私である。いつも適当なことを言って、お茶を濁しているのである。

「決別宣言」をされているにもかかわらず、である。

 彼女が置かれている立場、様々なノルマもあるだろう。他にもあちこちに電話をかけて、お願いしているのだと思う。
 政党入党者の妻として、彼女の行為は当然のことなのだ。

 だけどMちゃんからこんな形で、決別宣言を受け取りたくはなかった。

 次の選挙まであと2週間。また来週、我が家の電話はなるはずだ。
 そしてまた、私の心の鈍痛が再発する。