「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '03/03/18(Tue)発行
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第81巻 「もったいが、ない」
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 先日、行きつけの美容院に行った。

 髪の毛をカットしてもらっていると、担当の女性がにこにこしながら「増えましたね〜」と言った。私も笑いながら、「増えたでしょう?」と答える。
 30代後半になって目立ち始めた、白髪のことである。

 母が元気だった頃、母の白髪抜きは私の仕事だった。私が一本抜くたびに「あ〜っ」と情けない声を、母は出していた。
 そんな叫び声を上げるなら、白髪抜きを私に命令しなければいいのに。

 でもこの白髪抜きって、結構楽しいのである。だって当時は、人ごとだったから。

 でも白髪抜きって、本当はしてはいけないそうである。
 一旦白髪が生えた毛根からは、もう黒髪は生えてこない。だから白髪が生えるたびに抜き続けると、毛根は弱り、やがて白髪さえ生えなくなるのだそうだ。
 だから美容院の人たちは、よくこう言って私を脅す。

「白髪抜いちゃダメですよ! 抜いたらハゲますよ!」

 この日も「ながぁいの、発見!」とか楽しそうに言いながら、彼女は私の白髪を数本カットしてくれた。
「最近、苦労が多いから〜」などと笑いながらしゃべっていて、ふと前回美容院に来たときのことを思い出した。

 去年の秋、この担当女性は産休中だった。それで前回は、店長さんがカットとパーマをしてくれたのだ。
 実は私、今通っている店のオープン日から通い続けて10年以上になる、超常連である。だから店長さんも、気軽に話しかけて下さる。

 髪の毛をカットしてくれていた店長さんは、私の髪を見つめながらこうつぶやいた。

「お客様は、今や貴重な存在ですよね〜」
「え、どうしてですか?」
「毛染めをしてらっしゃらないじゃないですか。今や『ほんっとに』、少数派ですよ」

 店長さんは、「本当に」という言葉に、力を込めておっしゃった。そうか、私は毛染め界の「イリオモテヤマネコ」クラスか。

「そんなに毛染めをしている人って、多いんですか?」
「多いですよ〜、9割以上のお客様がされてますよ。されていないお客様を捜す方が難しいです」

 そんな店長さんとのやりとりを思い出した私は、彼女にそのことを話してみた。彼女も大きくうなずいた。

「確かに多いですね。この頃は、大人だけじゃなくって子供さんも毛染めされてますからね」
「あれって、親の趣味なんですかね?」
「うーん、それもあるでしょうけど、他の子がしているのを見て真似したいという子も多いみたいですよ。それにほら、最近サッカー選手とか染めてる人が多いじゃないですか。あんな風になりたいって親に泣きつくんですよ。親も子供を止めきれずに、長期の休みの時だけの限定で許しているっていうパターンも多いみたいで」

 確かに最近、毛染めをしている子供が増えた。それも、まだ小学校にも上がっていないような幼い子供の毛染めを目撃することなど、珍しいことではなくなってしまった。

「それに最近の子供は、化粧もしますからね」
「そうみたいですね」
「子供もほしがるけど、親の方がのめり込んでいることも多いみたいですよ。最近は本当に子供用の化粧品の種類が多いですから」

 そんな話をしているうちに、私はふとつぶやいてしまった。

「だけど、そんな小さい頃から毛染めとか化粧とかするなんて、私なんか『もったいないなぁ』って思うんやけどな」

 私のつぶやきを聞いた彼女は「そんなこと言ったら、『古い』って言われますよ〜」と言いながら、笑っている。

「うん、そうやと思うんやけど、なーんにも手入れせんでも、さらさらの髪、ぷよぷよした肌でいられるのって、あの頃だけやん。戻れるもんやったら、あの頃の肌と髪の毛に戻りたいわ」

 私の言葉に、彼女は本気で笑っていた。

 なぜ私が「もったいない」と考えるのか、私自身もよくわからない。
 自分の髪や肌が傷むわけではないのだから、人がどんな色の髪に染めようと、素顔で十分可愛いと思う若い肌に化粧品をのせようと、知ったことではない。

 それに私が若かった頃に比べて、環境は確かに悪くなった。
 素顔を守るための化粧というのもあるのだろう。何しろ、赤ちゃんを日光浴させることもよくないと言われるのだから。

 でもそれでも、いくら「古い」と言われようと、まだ幼い子供に化粧や毛染めをすることを許すのは、私はおかしいと思うのだ。

「もったい(勿体)」という言葉には、「その物(地位)にふさわしい、ちゃんとした様子・体裁・威厳」という意味がある。
「もったいない」という言葉は、「(まだ利用できるので)捨てるのが惜しい」という意味と、「自分の身分にとって、ありがたすぎておそれおおい」という2種類の意味があるらしい。

 「もったいない」という言葉自体も、今は本当に聞かなくなった。

 以前も少し書いたが、私は20才前まで父と同じ散髪屋に通っていた。髪型はおかっぱ頭と決まっていた。
 年頃になるにつれてカットの仕方も多少変わったけれど、おかっぱ頭が原型となっているのには変わりがなかった。

 髪の毛を伸ばすことは、許可されていなかった。少しでも髪が伸びてきたら、「早う散髪に行っといで!」という母からの指令が飛んでくる。
 初めて行った美容院も、母がなじみにしていた金物屋のおばちゃんが行きつけにしていた店だった。

 初めての化粧は、成人式当日だった。22才で社会人になるまで、私はずっとすっぴんで通していた。

 高校時代、化粧をして通学してくる女性はまだまだ少数派だった。
 化粧したりパーマをかけている女子高生など、私の母から見れば「不良(これも死語と化したが)」である。
 どんなに私が「いい子だ」と言っても、信じてはくれなかった。

 超保守的なモラルの中で私を純粋培養した母も、白髪が目立ち始めてからは毛染め液のお世話になっていた。毛染め担当は、もちろん私であった。
 当時(10年以上前)は毛染め液の臭いもきつかったし、何度も洗い流す必要があって結構面倒だった記憶がある。

 私の場合はあまりにも親の考えが極端で、時代錯誤的な面が多々あったけれど、それでもあながち間違ったしつけだとは思えない。
 うまく表現できないけれど、毛染めや化粧は子供の領域ではないと思うのだ。

 先に書いた「もったい」、この「もったい」がまだ未完成な子供達の見た目を大人が飾るのは、子供が「素」で生きるチャンスを大人が奪っていることになるような気がするのだ。

 子供のわがままを大人がそのまま受け入れるというのは、大人の願望を子供に無意識のうちに投影させていることにはならないだろうか。
 そしてそれはそのまま、大人の自信のなさの裏返しではないのか。

 髪を染めても、化粧をしても、決して偉いわけじゃない。あこがれの人になれるわけでもない。自分は自分にしかなれない。
 でも幼い子供達に、そんなことはわからない。

 大人の見栄を満足させるための「道具」として、子供が使われている。そしてそのことを、子供は見抜いている。

 そんな子供達は「もったい」を身につけないまま大人になり、自分という素材では勝負ができず、物や手段で人生を勝負するようになるんじゃないかなぁ。
 深読みしすぎだろうか? 考えすぎだろうか?

 だけど現に、そんな大人がどんどん増えている。

「もったいが、ない」というのは、本当にもったいない。

 だけどこんなことを書きながら、ふと思う。
 もし自分の子供ができて、毛染めや化粧がしたいとせがまれた時、「あんたにはまだ早い!」ってぴしゃりと言い切れるだろうか。

 言い切れる人間でありたいな、と思う私である。