「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

----------------------------------------------------------------
★★ひーエッセイ★★ '03/03/11(Tue)発行
----------------------------------------------------------------
第80巻 「ギャップ」
----------------------------------------------------------------


 先月初旬、第55巻「会社なんてこんなもの」をはじめとしてこのエッセイにも何回か登場している、私のかつての上司であったN氏と久々に会った。
 目的は、「報告とお礼を兼ねた挨拶」である。

 私は、一昨年の秋頃から在宅での仕事をおそるおそるスタートさせたのだが、実はそのことを最近まで誰にも言っていなかった。
 いつまでも職探しをしようとしない私のことを心配してくれる友人たちに「実は今、家で仕事をしてんねん」と告白し始めたのは、去年の秋頃からである。

 正直、在宅での仕事を始める時はものすごく不安だった。それに仕事が軌道に乗るかどうかなんてことは、全くの未知数だった。
 そんな不安な気持ちを抱いたままあちこちに吹聴して、結局すぐやめてしまうようなことになれば、こっ恥ずかしい。

 正直に言えなかったのは、そんな気持ちがあったからだ。
 プライベートでもHPを立ち上げていること、メルマガを発行しているということも、何だか気恥ずかしくて誰にも伝えていなかった。

 すったもんだの末に退職した私のことを、N氏はずっと気にしてくれていて、定期的に連絡をくれていた。彼に私の仕事のことやHPの存在をメールで伝えたのは、去年の秋の終わり頃のことである。

 Y氏とのバトルの最中に、的確な援護射撃をしてくれた恩人でもあるN氏に、新しい道を歩き始めたという報告をしなければと、私はずっと思っていた。
 だけど年末年始の忙しさもあり、「告白」から2カ月ほど間があいてしまった状態でお会いすることになったのである。

 その日、N氏が勤務する事務所の最寄り駅前で待ち合わせて、こじゃれた焼き鳥店に連れて行ってもらい、テーブルを挟んで向かい合って座った。
 N氏と2人だけでしゃべるのなんて、何年ぶりだろうか。

 以前にも書いたが、私はアルコールの類は全く飲めない。だけどN氏はよく飲む。その日もビールを何杯もおかわりしていた。
 そしてしきりに私にどんどん食べるよう勧める。

 私は焼き鳥の中では「皮」が好物なのだが、N氏はそのことをしつらこく覚えていて、私が何も言わないのに「皮」をオーダーしてくれたりもする。

 料理はどれもおいしくて、私たちは様々な話に花を咲かせながら箸を動かしていた。
 噂話に大笑いしたりため息ついたり、仕事のことで超真面目な意見交換をしたりもしていた。

 N氏はビールがだんだん回ってきて、適度に酔っぱらった状態になっていった。
 そして私のHPのことについて話し始めたN氏は、突然こうおっしゃったのだ。

「俺な、あのHP見て、ものすごいショックを受けたんや」と。

 ちなみに「あのHP」とは、私のプライベートHPである。特にエッセイのバックナンバーページに、N氏は強烈な衝撃を受けたらしい。

 私の「どうしてですか?」という素朴な問いに対するN氏の答えは、正直まとまったものではなかった。あっちこっちに飛び回った。
 それはたぶん、酔いのせいだけではなかったと思う。きっとご自分の思いをどう表現していいかわからなかったのだ。

 ただ、「ギャップ」を感じたということだけは、ひしひしと私にも伝わってきた。

「初めてあれ(エッセイのバックナンバー)を読んだ時、ものすごいショックやった。会社をあんな形でやめることになって、やけになって書き始めたんかと、最初は思ったで」

「10年近く仕事を一緒にしてきて、俺なりに抱いていた(私の)イメージっていうのがあったんや。(私が)どういう人間かっていうことをわかっているっていう、自信もあったんや。でもあれには、俺が知っているのとは全く違う人間がいたんや」

 N氏は笑いながら「『こんなことを書くな、見せるな、うぉ〜』って感じになったで」とおっしゃっていた。

 N氏は男性には珍しく、筆まめ・メールまめ・電話まめな人である。相談のメールを書くと、私が問いもしていないことまで答えてくれるような人である。

 だから私は、HPの内容についての細かい感想メールがもらえるんじゃないかと、内心楽しみにしていた。実際、聞かなくてもその手の感想は必ず下さる人なのである。
 だけど今回、そういったメールは一切届かなかった。その原因が「ギャップ」だったことに、私も軽いショックを受けた。

 N氏は、「感想を待ってるやろな〜と思ってたけど、よう書けんかったわ」とつぶやいていた。

 N氏がそれまで私に対してどんなイメージを持っていたのか、詳しいことは聞かなかった(というか、聞く勇気がなかった)けど、書いている私でさえ、このエッセイを書いているのは本当に「私」なのかと思ったりする。

 だけど今、私は本当に自然にエッセイを書き続けている。それに後で読み返してみると、やっぱりこれを書いているのは私だと実感する。
 このエッセイを書き始めるまでは、自分と真正面に向かい合うということを意識的に避けていたのかも知れないな。

 だから、このエッセイに表現されている私を見たことがある人は、それまではたぶんどこにもいなかったと思う。
 私の親でさえ、私にこんな部分があるなんてきっと知らない。

 初めて私が「ギャップ」というものにぶつかったのは、まだお世辞と本音の区別がつかなかった頃だった。

「本を読むのが好きって、えらいねえ。女の子はおとなしいのが一番ええねえ」
「クラブに入らんと家に帰って勉強してんねんから、成績はええんでしょ?」

 そんなことを他人から何度も言われ、私はすごく苦しい思いをした。

 本を読むことが好きなことと、おとなしいということは、違う。それに私は、そんなおとなしい人間じゃない。
 クラブに入らなかったのは、親の命令だったから。家に帰って勉強をしていたわけじゃない。

 そうじゃない、そんなことを言わないでと、幼い頃の私はいつも心の中でつぶやいていた。
 他人の目から見た私と、私自身の目から見た私との、あまりにも大きなギャップに翻弄されていた、私。

 だけど、私のことを他人にわかってもらおうとする努力は、私はずっとずっとしてはいなかった。ギャップに向かい合うことすらしていなかった。
 ほんのつい数年前まで。

 そんなことをぼんやり考えていた私に、N氏はさらに言葉を続けた。

「でも日が過ぎてくるとな、これが(私にとって)一番いい道やったんかもしれへん、ってやっと思えるようになってきたんや。今使える最高の武器を(私が)出して来たんやなって」

 私はこの言葉に、猛烈に感動してしまった。

 ギャップから逃げずに見つめ直して、それまでとは違う私の一面を理解しようと努めて下さらなければ、こんな言葉は生まれない。
 今の私にとって、この言葉は最高のプレゼントであり、はなむけの言葉でもあった。

「でもこう思えるまでに、1カ月はかかったけどな」と、N氏は笑っていた。

 ギャップを感じる時、誰しも人は自分の判断力が乏しいんじゃないかという思いで、ショックを受ける。

 だけどギャップを真摯に見つめないと、理解し合えるはずもない。
 逆に言えば、ギャップにぶつかるということは、全ての本質を理解し合えるチャンスなのかもしれない。

 もし私がN氏と逆の立場だったら、こんなにしなやかに他人のことを認められるだろうか。努力できるだろうか。
 そんなことを考える私は、まだまだ器が小さいんだなぁ。