「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/12/17(Tue)発行
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第74巻 「ごんたなおっさんたち」
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 毎週日曜日の午後、私は老健施設に入所している父の所へ行く。

 この施設では、入所者単独での勝手な行動は許されていない。
 エレベーターに乗ったり、館内をうろついたり、外に出ようとすると、どこからか職員がすっとんでくる。
 だけど私の父は、そんなことはお構いなしである。

 車椅子で勝手に施設内をうろつき、比較的陽気に誰とでも挨拶を交わす。暖かい日には勝手に外へ出て、庭をうろついたりしている。
 だから、この施設職員の間で私の父は有名人で、知らない人はいない。

 私が施設に到着する時刻が近づくと、自分の部屋がある4階フロアーから降りてきて、1階にあるロビーや食堂で私を待ってくれている。時には外で待っている日もある。
 だからしんどくても、最近では行くのをさぼれない。

「おう、今週もまだ、生きてるで。そやけどもう、(命が)長ないわ」
「はいはい、ようわかりました。いつ逝くかちゃんと言うといてや。準備しとかなあかんからな。総檜の棺桶がよろしいか?」
「あほか、お前は」

 そんな会話のジャブを交わしあいながら、4階に上がる。
 片づけなどをすませた後、1時間程度2人でしゃべっている。

 フロアの窓ぎわの一角には、外来者も利用できるように椅子が置かれている。入所者共有のテレビも、そこに置かれている。
 日当たりと眺めがいいので、父とはそこでしゃべっていることが多い。

 先日もそこに陣取り、決して上品とはいえない話をしていると、父と同室のおっちゃんが現れた。

 早口なので、初めて聞く人には言葉が聞き取りにくいが、私の父はよくしゃべる。
 だけど、入所者の平均年齢は80歳以上。まだ60代後半である父と、会話が成立する入所者は少ない。

 そんな中でこのおっちゃんは、父と会話が成立する数少ない入所者のうちのひとりである。絵をたしなみ、なかなか博識な方である。
 病気で体の麻痺がありながらも、杖を突きながら自力で歩かれる。その時もリハビリを兼ねてフロアを何周か歩いて回っていたのだ。

 歩行訓練の自主トレを終えたおっちゃんは、「やれやれ」と言いながら椅子に座り込んだ。
 そしてその日は3人で、あれやこれやと話すひとときとなったのである。

 私は、おばちゃん同士の話を聞くのも笑えるので好きなのだが、おっちゃんの昔話を聞く方がもっと好きである。
 特に、「ごんたなおっさん」の話が。

 ちなみに「ごんた」というのは、やんちゃとか無鉄砲とかいたずらっ子とかという意味の、関西地方の言葉である。

 昔のおっちゃんというのは、今では考えられないほど無鉄砲な人が多かった。
 回りの人間に迷惑をかけているということも認識してはいるのだが、それでも自分の思うとおりに生きていた。
 今の若い人たちより、それは何倍も豪快だった。

 そういうおっちゃんは、方法論の是非という問題はあるけど、彼らなりに一生懸命生きていた。だから自分の過去を特別恥じようともせず、何でも赤裸々に語ってくれる。それがおもしろいのだ。

 何がきっかけか、この日は交通違反のことから話が広がっていったが、私の父と同様に、昔は結構このおっちゃんも「ごんた」してたということがわかり、聞いていて何だかおもしろかった。
 人は見かけによらないものである。

 父は昔、大型トレーラーの運転手をしていた。
「昔は、飲酒運転でもそんなに厳しいことなかった」と父が言うと、そのおじさんはこんなことを言い出した。

「一杯飲んでの帰り道、検問に引っかかったんですわ。『やばい!』って思うたけど、逃げられへん。逆走でけへんし。警官に風船(飲酒運転してるか調べるもの)を差し出されて『息を吐いて』って言われても、うまいことやってあまり吐かんようにしましたわ。『もっと!』って警官が言いよるけど、音だけ大きくして結局吐かへん。そしたら『もうええ』って見逃してくれたこともありましたで」

 さすがに、このおっちゃんは知恵者である。それに引き替え、父の間抜けなこと。
「わし、Uターンして逃げたことあるわ」などと言い出す。

「Uターンして走り出したら、パトカーがサイレン鳴らして追いかけてきよる。『まずい!』思うて横道に入ったら、一方通行やった。あせっとってわからんかったんやな。戻ろうと思うたら、パトカーがくるし、前向いたらパトカーがおる。挟み撃ちや。あっさり捕まってしもうたわ」

 ほんまに困った父親である。現在も一事が万事、こんな調子である。

「パトカーから降りてきた警官が『何で逃げたんや』って言いよるから、『逃げてへんわい』って言うたった。そしたら首根っこつかみよったから、『何すんねん!』言うて警官を殴ったった。そしたら『おい、こいつにわっぱ(手錠)かけろ!』って他の警官に言いよった。公務執行妨害っちゅうやつやな。腰に縄までつけられたわ」

 父の現行犯逮捕という、このとんでもない話には、母から聞かされた後日談がある。

 父は警察署の留置所に放り込まれたのだが、当然警察から我が家へ身柄引き取り依頼の電話が入る。
 警察に行った母は、「もうしばらく、ここに放り込んでおいてください」と警官に言ったらしい。それを聞いた警官が、父にしみじみとこう言ったそうである。

「あんた、奥さんにほんまに苦労をかけとるんやなあ」

 そんなことを思い出しながらふと横を見ると、共有のテレビから動物番組が放送されていた。
 車椅子に乗ったテレビ好きなおばあちゃんが、彼女お気に入りの「指定席」に陣取ってその番組を見ていた。

 するとそこへ、車椅子のおじいちゃんが近づいてきた。このじいちゃん、夕方になると車椅子でフロアをぐるぐるぐるぐる回るのだそうだ。

 おじいちゃんは、先客のおばあちゃんの真ん前に陣取って画面を見つめ始めた。
 画面が見えなくなってしまったおばあちゃんは、「ちょっと! 見えへん」と、おじいちゃんに盛んに訴えている。でもおじいちゃんは、無視している。

 じいちゃんとばあちゃんの、会話にならない会話が展開されている。

 その間も、ごんたなおっさん2人の馬鹿話が尽きることはない。

 おっちゃんも、昔は相当飲んだらしい。
 おっちゃんの娘さん達が「おとうさんが家に帰ってきたん、見たことない」と未だにおっしゃるそうである。

 毎晩午前様で、家に帰るのは明け方。そしてそのまま、仕事に向かう日々だったそうである。

「よちよち歩きやった私の子供を連れて、新地(大阪の一大歓楽街)に飲みに行ったこともありまっせ」
「へええ、ほんまですか?」
「そないしたら、私が飲んでる間、(ホステスさんに)子供の世話してもらえますやろ」
「・・・」

 私とおっちゃんがしゃべっている横で、父は「新地に飲みに行くなんて、さすがやなぁ」と、間の抜けたことをしゃべっている。

「酔うとって、ハンドル切り損ねて川に落ちたこともありますわ。そやけど、水のないとこに落ちたら、命なかったですな。それに、昔やからクーラーっちゅうもんがないから、窓を開けてたんがよかった」
「窓閉めてたら、助かってませんね」
「そうやなあ。何とかはい上がって、そのままタクシーに乗りましたわ。運転手、びっくりしとったわ」
「・・・車は?」
「そのままです。まあ、次の日に現場にまた行きましたけどね」

 父はそれを聞いて、「わしもある!」などと言っている。
 トレーラーを運転中にハンドルを切り損ね、河原に落ちたことがあるそうだ。ついでに橋まで壊して。

「橋を壊したって・・・」
「会社のやつが何とかしよったんとちゃうか。わしが悪いんとちゃう。その橋が壊れかけとったんや」

 飲酒運転や器物損壊、他にも当て逃げやら何やらと、次々に話が飛び出してくる。でも、彼らが生きた時代だから許されたのだ。
 支えてくれる人がいたから、このおっさんたちは生きられたんだ。

 そして今、ごんたなおっさん2人は、体に障害を抱えながら施設で余生を送っている。
 夕方になると、フロアを巡るじいちゃんと同じように。

 ごんたをしていた頃と同じように、家族の存在を心の拠り所にして。