「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/12/10(Tue)発行
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第73巻 「裁判所へGO!」
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 第65巻「電車が好き」を始め、私のエッセイにたびたび登場する須磨のおばちゃんの家は、昨年彼女が亡くなって以来空き家となっている。

 その須磨のおばちゃんを最期まで看取り、葬儀等を取り仕切り、現在も時々須磨まで通って家の中の整理を続けているのが、須磨のおばちゃんの妹にあたる人――第12巻「思い出と現実の狭間で」に登場した、カラトのおばちゃんである。

 須磨のおばちゃんが亡くなった後に残った物は、この家と敷地のみである。

 阪神大震災の時、この家もかなりの被害を受けた。倒壊しなかったのが奇跡的だったのだ。
 でも費用の関係もあり、須磨のおばちゃんが本格的に修繕したのは、屋根だけだった。

 今では床は少し浮いていて、歩くたびに「みしみし」と音をたてるし、建付が悪くなってしまっているので、玄関の鍵をかけるには相当のテクニックがいる。天井を見ると、梁がゆがんでいるのがよくわかる。
 とにかく建て替えなければ、住めない家なのだ。

 だが、須磨のおばちゃんには子供がいない。今後この場所に住む人は身内にはいない。
 だからカラトのおばちゃんは、この須磨の家と土地を売却して、相続人にあたる人たちに分配しようと考えていた。
 いわゆる「遺産分割」である。

 カラトのおばちゃんは必要書類を1人で揃え、遺産分割調停の申し立てを家庭裁判所にするための手続きを司法書士に依頼した。
 司法書士から神戸家庭裁判所へと書類が回され、無事受理されたのが、今年の夏頃のことである。

 まず、裁判所から相続人に当たる人たちへ、カラトのおばちゃんの申し立てに対する意向を確認するための書類が郵送された。その結果を受けて、いよいよ裁判所の調停が開始されることになった。
 本来この調停の場には、相続人全員が出席しなければならない。でも今回の遺産分割に関わりのある相続人は、なんと40人以上!

 あまりにも人数が多いので、裁判所はカラトのおばちゃんに、相続人代表者を選ぶように申し渡した。
 その「代表者」に、おばちゃんが指名したのが、私だった。

 一番頻繁に連絡を取り合っていて、しゃべりやすい。かつ数年前に家を建て替えた経験がある。
 相続人代表として私が選出された理由は、たったそれだけである。

「おばちゃん、私、どないしたらええん?」
「あんたは何にもせんでええで。そやけど、1人であんなとこに行ったら、わからんこともあるやろうし。1人で聞くより2人で聞いとった方が、漏れがないやろ。相手の言わはること、しっかり聞いて覚えておいてほしいねん」
「ふーん、ほんならとりあえず、行くわ。裁判所なんて、行ったことないし」
「そやそや、見学がてらおいで。話のたねになるで」

 そんないい加減な心構えを携え、最初の調停に出席するべく、私は先日神戸に向かった。

 神戸家庭裁判所は、JR神戸駅からバスで数分の所にある。
 バスを降り、バス停の前にそびえる建物を見て、私はびっくりした。

 うわ、裁判所のくせに、おしゃれやんか。

 裁判所という所は、四角四面の建物で、壁面は茶色っぽく、建物に入るとひやっとするというイメージを私は持っていた。
 だけどこの裁判所には、丸みを帯びた全面ガラス張りのロビーがあり、とても明るくて暖かだった。
 あまりのイメージの違いに、思わず本当にここが裁判所かと確認してしまったほどである。

 カラトのおばちゃんは既に到着していて、ロビーで私を待っていた。

「きれいな建物やなぁ」
「そうやろ、ちょっと前に建て替えはったんや。この辺は震災でかなりやられてしもうた所や。そやけどここは、その前に建て替えが済んでたような気がするな」

 ロビーには、他にも何人もの人がいた。だけど悲壮感もなく、普通の役所の待合室にいるような感じで、少し拍子抜けするくらいだった。
 裁判所がどろどろした所だという、私の勝手な思いこみがいけないのかもしれない。

 指定されていた時間は、午前10時。私とおばちゃんは10時きっかりに受付へ向かい、裁判所から送られてきた書類を見せ、指定された調停室へと入室した。

 調停室は、まるで会社の会議室のようだった。
 大きめの机が1つと、役付の人が座るような黒い革張りの肘掛け椅子が何脚か置かれていた。
 法廷のような場所をイメージしていた私は、またまた拍子抜けである。

 着席してすぐ、調停委員の方が部屋に入ってこられた。
 男女お一人ずつで、お2人ともかなり年配だった。後で話されたことによれば、男性は70代であった。女性もたぶんそれくらいだろう。

 でもお二人とも、細かい字を読むときに眼鏡をはずされるくらいで、とても若々しい。声も力強く、とてもてきぱきとされていた。
 「一を聞いて十を知る」という言葉がぴったりの人たちだった。

 私と叔母の関係なども、私たちのやりとりや雰囲気で、一瞬にして見抜かれていたのだろうな。
 そういう意味では、ちょっと怖い気がした。

 調停委員が結構年配の方だったのにはびっくりしたが、逆にこのくらいの年齢の方でなければ務まらない職業なのかなとも感じた。
 家庭裁判所という生活に密着した裁判所であるという性格上、席上でもめ事が起こることも多々あるだろう。興奮したりする人たちをなだめたり励ましたりするには、やはり年季がいるものだから。

 今回の調停は、このお二人と裁判官の3人で行われることになる。
 他に、諸々の手続きなどを行う書記官が1人いらっしゃる。

 司法書士や書記官が作成した書類を綴じたファイルはかなり厚かった。それだけでも相続人の多さを物語っていた。
 調停委員も「いやぁ、(相続人が)たくさんおられますねぇ。書類を作成するだけでも大変でしたでしょうなぁ」と、しみじみおっしゃっていた。

 調停の雰囲気は、終始なごやかなものだった。私はほとんどしゃべらず、雑談などに時々口を挟む程度だった。

 だけど私たちが話すことを、調停委員のお二人はきっちりメモに取っていた。
 おばちゃんが「お世話になっている司法書士が、とても良心的だ」と話すと、彼らはその司法書士の名前までメモに取っていた。

 なんでも、司法書士によってやはり得手不得手があるようで、こういう遺産分割のことを知らない司法書士に手続きを依頼すると、とんでもないことになることがあるらしい。
 調停委員は、「いい司法書士に巡り会えて、よかったですね」とおばちゃんに声をかけていた。

 この日提出する必要があったのが、立替金の領収書だった。
 それまでの手続きなどにかかった費用は、ほとんどがおばちゃんの持ち出しである。
 だから遺産分割の際には、その立て替えた金額を差し引いて、残りの額を分割してほしいと、おばちゃんは希望している。領収書は、そのための証拠品となる。

 おばちゃんは、必要書類を綴じたファイルを調停委員に渡した。その中を見た2人は、驚嘆の声をあげた。
「ひやぁ、あなた、パソコンしはるんですか?」

 ちなみに、カラトのおばちゃんは現在67歳。自宅にパソコンもある。少々無茶な使い方をしているらしく、時々「動かへん!」とSOSの電話がかかってきたりするけど、年齢の割には抵抗なくパソコンに触る人である。

 この日に備えておばちゃんは、エクセルで何枚もの一覧表を作っていたのである。そのうえ、それを保存したフロッピーディスクまで持参していたのである。

 調停委員はお二人ともパソコンは全くダメだそうで、口々に「すごい、すばらしい」と連発していた。
 私も心の中で「すごいや、おばちゃん」とつぶやいていた。

 一通りの話が済んだ後、次回の調停日が決められた。
 裁判所からは、病院の診察券くらいの大きさの「連絡カード」なるものが送付されてきていた。そのカードに、次回の調停日を書き込んだ。

 そんなことをしている間に、たまたま手が空いていた担当書記官が、顔を出して下さった。
 彼は、20代後半から30代前半といったところだろうか。さすがに賢そうな顔をしていた。調停委員が「よくやってくれる人です」とほめるだけある。
 それに、背が高くてなかなかの男前♪

 最後に、調停委員と書記官から、裁判所の今後の方針みたいなものが告げられた。
 おばちゃん曰く、それは司法書士の意見とも一致するとのことだった。

 調停は、約1時間で終了した。
 もっと堅苦しい場を想像していたけれど、様々な経験で培った客観的な意見を聞いて、申立人の望みが妥当ならば、力を貸してくれる場所なんだなと感じた。

 一生懸命走り回っているおばちゃんの苦労が少しでも報われるよう、1日も早くこの問題が解決するよう、祈ってやまない私である。