「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/11/26(Tue)発行
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第71巻 「優先順位」
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 会社勤務をしている頃、仕事の優先順位がつけられない営業マンが、どこの会社にも必ずいた。
 一番最近まで勤めていた会社では、私の所属部長がそのタイプだった。

 この部長は、受注金額が一番大きくなりそうな物件しか見えなくなるという、とにかく困った癖があった。
 数千円の物件は「ごみ」と言っていた。そんな「ごみ」の見積依頼や納期回答などは、いつもほったらかしだった。

 だからこの部長は、しょっちゅうお客さんに怒られていた。時には、この部長の態度に対して、私に本気で愚痴を言うお客さんもいた。
 電話をするように伝言しても、「ごみ」物件ならしないこともしょっちゅうだったので、私もお客さんによく怒られた。

 勝手な時だけ携帯電話を使ってがんがん電話してくるくせに、こちらから連絡をしても電話に出てくれないし、伝言を入れておいても全く聞いてくれなかった。
 結果、お客さんに怒られるのは、やっぱり私だった。

 行き当たりばったりで仕事をしている人に残るものは、客からのクレームと、サポートする側の不信感だ。
 そしてそのクレームと不信感の輪は、回りへ急速に広がっていく。

 考えてみれば、人って「優先順位」という目に見えないものに支配されている生き物なんだなあと思う。

 たとえが変かもしれないが、人生で最初に「優先順位」について考えるのは、食事の時に好きなおかずから食べるか、嫌いなおかずから食べるかを選択する時なのではないだろうか。

 私はひとりっ子だったので、兄弟間での食べ物の争奪戦などは経験がない。せいぜい、すき焼き肉を父親と取り合いしたくらいである。
 だから比較的、好きな物は後からゆっくり食べるということが多い。

 それでもだんだん成長すると、たとえいくら好きなおかずでも、熱いうちに食べないとおいしくない食べ物があるとわかってくる。
 そうすると、「おかずを食べる順番」の優先順位が変化する。

 このように、状況等によって同じことでも優先順位が変わることは、多々ある。それを誤ってしまうと、取り返しがつかないことが起こるということもあり得る。

 この「優先順位を的確に決められる能力」が優れているか否かで、人としての裁量が大きいかどうかを判断する決め手となるような気がする。

 第63巻「ほどほどな幸せは、どこにある」でも少し書いたけれど、私は今、現在老健施設に入所中の父の、次の落ち着き先を決めるために、あちこちの施設を見学に回っている。

 最初は、老健施設だけを何カ所か見学に行っていた。どの施設でも同じようなことを聞かれ、私はオウムのように同じような答えを繰り返す。
 そして面接してくれる担当者から、同じような言葉のつぶてを浴びせられる。

「男性は少ないので、待機期間が長くなりますね。半年は待っていただかないと・・・」
「お家に戻られないんでしたら、ここに入られても、すぐに次の施設さんを探さなければなりませんね」
「他の老健施設さんから直接入所されることは、当施設ではお断りしています。ご存じじゃなかったんですか? 数日でもお家でお過ごしになってからでないと、入所できませんよ」
「老健施設さんを巡っておられるような方は、特養(特別養護老人ホーム)の待機待ちに入られても、どんどん後回しにされますよ」

 これを数カ所の施設から立て続けに聞かされると、さすがに元気者の私でも、かなりへこんでしまう。まるで「在宅介護」を選択しない私が悪者のような扱いである。
 現実に、私の施設巡りは1ヶ月ほどストップしてしまったほどだ。

 気を取り直して、今月に入ってから「有料老人ホーム」と言われる所を数カ所見学してきた。
 老健や特養と有料老人ホーム、どちらのタイプに入所するかという違いは、たとえて言うなら、国公立大学か私立大学か、どちらに入学するかという違いのようなものである。

 この「有料老人ホーム」は、別名「老人マンション」と言われることが多い。基本的には65歳以上の人が入所でき、終身利用が可能だ。
 部屋は、個室タイプである。夫婦で入所できるよう2人部屋も備えている施設がほとんどだ。

 大きく分けて、介護保険を使わないタイプと使うタイプの2種類がある。
 前者は部屋だけ提供してくれて、食事代や光熱費など全て別にかかる。後者は介護認定を受けた人が入所でき、部屋と食事を提供してくれる。

 ただ「私立」なので、「国公立」とは金額に雲泥の差がある。
 入居時に保証金(数千万円から数百万円が平均、もっと廉価な施設もあるが)が必要だし、毎月の使用料も結構かかる。

 コレクションのように集まってしまった、有料老人ホームのパンフレットを眺めながら、私はため息をついてしまう。
 この選択の優先順位をつける決め手は、いったい何なんだろう。

 Aという施設は、今父のいる老健施設の横にあって、移動へのストレスが一番軽い。家からも近いので、私も通いやすい。
 ただ介護保険を使わないタイプの施設なので、費用がかなり高額だ。父は自炊ができないので、食費が別だというのも問題である。

 Bという施設は、こじんまりしていて近くには公園がある。散歩好きな父にはいいかもしれない。でもバイクでは通えない距離だ。
 近くに病院もあって、リハビリに通うには便利かもしれない。でも、少し頑張って車椅子を運転すれば、繁華街だ。誘惑が多すぎるかなあ。

 Cという施設は、デイケアの施設が併設されているので便利かもしれない。
 でも施設は、駅から歩いて数分だ。駅前にはコンビニもあるから、飲酒をしないとも限らない。それにやっぱり、バイクで通うのはつらい距離だ。

 Dという施設は、住宅街の中にあって静かで、こういった施設に珍しく男性入居者が多いのもいいかもしれない。ベッドの手配もしてもらえるのはうれしい。
 だけど、もともと企業の独身寮を改築した建物なので、完全バリアフリーではない。中庭には出られるけど、玄関には常時鍵がかかっている。放浪人の父にそれが耐えられるだろうか。

 有料老人ホームは、一旦入所してしまえば、基本的に終身利用となる。もう移動の心配はいらないが、保証金が高額な施設が多い。
 一旦納めたら退所時に返金しない施設もあるらしいし、償還制度を取っている施設でも、年月が経つごとに戻ってくる額は当然減る。

 家を売却して移ってこられる人もいるくらい、大きな「買い物」なのである。

 何を優先するか、妥協できる点は何か、それを見誤れば大きな失敗につながってしまう。私も父も、つらい思いをしなければならない。

 一定期間在宅で過ごせば、また新たに老健施設への入所は可能となる。だが結局、短期間であちこちの施設を巡る結果になる。
 何よりも、家に一度戻った父が、再び施設に戻りたいと言うはずもない。

 今お世話になっている施設は、比較的長期間いられるが、それでも一度は退所しなければならない。それが、病院と自宅の中間施設である老健施設の「建前」だからだ。
 それに、体が不自由ながらも身の回りのことはだいたいできる父が、特養に入所できるという保証もない。

 有料老人ホームに入所してしまえば、移動のストレスから私も父も逃れられる。部屋は個室なのでプライバシーは守られる。訪問も気軽にできるし、外来者の宿泊も可能だ。
 ただ問題は、費用だ。一軒家を購入する勢いが必要なくらい、大きな賭けだといえるかもしれない。

 私と父の両者が完全に納得できる施設など、あるはずはない。だからこそ今、悩んでいるのだ。
 父の生活と、私の利便性、どちらを優先させればよいのだろうかと。

 優先順位を誤って信頼をなくした、私のかつての上司のように、私たちの親子関係が崩れてしまうことは、何としても避けたい。
 年々頑固になり、年々わがままになり、年々人の言うことを聞かなくなっている親でも、やっぱり実の親なのだから。

 この世でたった2人の、親子なのだから。

 もしかしたら今、私は私自身の気持ちに試されているのかも知れないなあ。

 まだしばらく時間はある。おかずを食べる順番を変えるようには、簡単に優先順位を決められないとは思う。
 けれど、何が大切なのか、何を大切にするべきなのか、もうしばらく自問自答を繰り返してみようと思う。

 だけど優先順位というものに、振り回されないようにしたいなあ。

 父のため、そして私のために。