「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/10/15(Tue)
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第65巻 「電車が好き」
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 先日、神戸の須磨という所に行った。

 JR須磨駅の裏はすぐ海水浴場で、夏になるとたくさんの人でにぎわう。また、須磨という地名は百人一首にも登場する。歌碑もたくさん残されていて、歴史的にも有名な場所である。
 須磨には昔、私の母の姉に当たる叔母夫婦が住んでいた。

 小学生の頃、私は夏休みになると1人で電車に乗って彼らの家に行くのが習慣だった。
 子供がいない叔母夫婦は、私の訪問をいつも楽しみに待っていてくれた。海水浴にも行ったし、須磨の離宮公園に3人で行ったこともある。近くにある須磨寺を1人で探検したこともある。

 父は地元で育ち、母の実家は既になかったので、私には「田舎に帰る」という子供の夏休み恒例行事に縁がなかった。
 そんな私にとって、夏休みの須磨への1人旅はとても楽しみで、何かしらとても誇らしい気持ちを抱いていた。

 須磨駅までの切符は、当時は窓口で買わなければならなかった。窓口で渡される切符は、今と違って硬くてしっかりしたものだった。自動改札もなかった。
 切符に鋏を入れてもらって改札を通り、途中の駅で快速電車に乗り換え、直角の背もたれの座席にちょこんと座り、約1時間電車に乗る。

 電車に1人で乗れることが、大人への第一歩だと子供心に感じていたのかもしれない。

 私は電車が好きだ。

 我が家はJRと私鉄の駅の徒歩圏内に位置しているので、移動手段としては電車が一番身近な存在だった。
 どこへ行くにも、とにかく電車である。子供の頃は、10円あれば国鉄(今のJR)の隣の駅まで行くことができた。

 我が家は車にも縁が深かった。
 父は大型トレーラーの運転手をしていたし、一時期はマイカーもあった。父は車の運転が好きで、体が不自由になってしまった今でも「運転がしたい」というほどである。

 だけど私は、電車やバスだと大丈夫なのに、車やタクシーにはよく酔った。一度酔ってしまうと、次も酔うんじゃないかと思い、乗車前から緊張してしまう。
 父が家族を乗せたまま近所の家の塀に激突して以来、私は父の運転する車に乗ることが恐怖となった。

 そんなこんなで、いつの間にか我が家はマイカーを手放してしまった。なくても不自由しなかった。私は車がなくなって、ほっとしたものだ。

 そんな私は旅行でも、車より電車の方がわくわくする。
 小学校6年の修学旅行で私は初めて新幹線に乗ったのだが、目的地に行くことよりも新幹線に乗ることの方が楽しみで、「新幹線に初めて乗んねん!」と周囲に言いふらしながら、異常な興奮の中で新幹線乗り場に向かったことを覚えている。でも不思議なことに、車内でのことはさっぱり覚えていない。
 先月の東京行きの際には、初めて「のぞみ700系」に乗車し、やはり1人で興奮していたのであった。

 電車に乗ると、車内の吊り広告を読んで過ごすことが多い。JRと私鉄では、その広告にも若干違いが見られる。
 JRは比較的ありきたりで、雑誌の広告、旅行案内などが多い。私鉄はJRよりもさらにバラエティー豊かである。

 阪急電車(京都・大阪・神戸を走る私鉄)に乗ると、遊園地での催し物の案内、分譲マンション案内、宝塚歌劇の案内、デパートのバーゲン情報など、グループ会社の広告が車両のほとんどを占めていたりする。
 国鉄時代には考えられなかった、JRの広告を阪急電車内で見ると、時代は変わったと未だにしみじみ感じてしまったりする。

 関西の私鉄には、「スルッとKANSAI」というシステムがある。
 テレホンカード大の各社共通カード(例:阪急電車ならラガールカード)を使うと、このシステムに加入している私鉄なら、切符を買わなくても改札が通れるという、効率重視の関西ならではの優れたシステムである。
 当然このカードの絵柄・写真などは各社それぞれ特色があり、記念切手と同じような感覚で限定品も発売されたりする。そんな案内も吊り広告にあったりする。

 新型車両になると、JRも私鉄も小さな電光掲示板が車内にある。
 次の駅名表示はもちろん、沿線行事案内、旅行案内、電鉄会社が主催する催し物の案内などが流れている。それを読んで過ごすこともある。

 長時間電車に乗るとなると、吊り広告チェックも飽きてしまうので、窓の外の景色をぼんやり眺めて時間を過ごすことが多い。前に通り過ぎた景色と変わっていないかを、チェックするのが好きなのだ。
 そんなところは、子どもの頃からちっとも変わっていない。

 JR大阪駅を神戸方向に出発してしばらくすると、兵庫県に入る。尼崎駅あたりまでは大阪の続きのような景色なのだが、芦屋駅あたりから風景ががらりと変わる。
 神戸に入ったんだと、はっきりわかる瞬間である。

 神戸の町は、山と海に挟まれている。電車の進行方向に向かって左を見れば海、右を見れば山である。
 山が近いので、当然坂道が多い。その坂道に沿って、建物があり、川があり、人が住んでいる。
 六甲山頂から見る神戸の夜景は美しいと言われているが、電車内から見える神戸の景色も、何だかとてもきれいなのだ。大阪の雑然とした雰囲気とは全く違う。

 電車から見える神戸の景色が、私はとても好きだ。

 そんなきれいな景色がある一方、不自然な空間があちこちに見受けられる地帯、古い町のはずなのに建物がやたら新しい地帯もある。先の震災で被害が特に甚大だった場所である。
 現在ではほとんど報道されなくなったけれど、「復興」にはほど遠い地帯もまだまだ存在しているのである。

 神戸随一の繁華街である三宮駅を過ぎ、だんだん須磨駅が近づくにつれ、海が線路に近づいてくる。
 今はサーフィンやビーチバレーを楽しむ人たちが増えたが、私が子供だった頃は素朴な海水浴場だった。砂浜や海の水はきれいとは言い難かったが、それでも私の「海」は、須磨なのだ。

 実は須磨も、先の震災で壊滅的な被害を受けた地帯である。叔母夫婦の家も、かなりの被害を受けた。
 そのせいもあり、町並みも道路も建物も、私が覚えている様子よりはずいぶん変わった。

 そんな変化の中を、電車は変わらず走る。

 道路はどんどん整備され、新しい道路や橋も年々増える。今や日本は、立派な車社会。家族それぞれが車を所有している家も、多いと聞く。
 そして車が増えるにつれ、道はどんどん延びていく。便利になる。

 景色も道も、変わっていく。

 だけど電車は、道路のようにはいかない。確かに枝葉のように新しい路線は造られるが、土地確保の問題もあるのだろう、ほとんど地下鉄である。
 地上を走る電車の線路は、道路のようには増えたりしない。

 景色は変わるけれど、電車は変わらない。

 電車に乗ると、季節の移り変わりはもちろん、町の変化も垣間見える。
 店が変わる。新しいビルが建設される。大きな一戸建てが解体されて、跡地に小さな一戸建てが数棟建てられる。
 それを眺めていると、そこに住んでいた人、働いていた人などの有為転変をふと思ったりする。

 車に乗って、高い防音壁に遮られた高速道路を走ったりしても、そんな小さな感動は味わえない。

 須磨駅に降りると、海の香りがする。
 叔母夫婦の家に行くには、駅からさらに15分以上、坂道を上り続けなければならない。この海の香りで幼い頃の私は癒され、坂道を上る元気をもらったものだった。

 今はもう、叔母夫婦はこの世にいない。思い出の家も、近い将来なくなってしまうだろう。
 久々に須磨駅に降りた私は、様々な思いを抱きながら、あの頃と同じ道のりをたどって坂道を上りはじめた。
 叔母夫婦の最後の法事に、出席するために。

 私は電車が、やっぱり好きである。