「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/09/03(Tue)
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第60巻 「根っこよ、育て」
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 先週、私のメルマガに時々登場する岡村孝子さんのコンサートが、大阪で行われた。
 彼女がコンサートを開催するのは、実に6年ぶりである。また、私が「コンサート」と名が付く催しに足を運んだのも、6年ぶりのことである。

 母が元気だった頃は、よくいっしょにコンサートに行った。母は私好みのコンサートにも、そのアーティストのことを自分が好きかどうかは関係なく、事情が許す限りついてきた。
 母好みのコンサートには、強制的にお供することを言い渡される。私の意志とか嗜好とかは、お構いなしである。断ると悲しそうな顔をするので、「しぶしぶ」ついていったものである。

 そんな数多くの「母主催のコンサート観覧ツアー」の中のひとつに、吉幾三さんのコンサートも含まれている。その時も、正直言って私は「しぶしぶ」だったのだが、年配の方が多い中で、まだ20代前半だった私が客席にいたのが珍しかったのだろう。司会者の方にステージまで上がるよう言われ、吉さんが1曲歌っている間、彼の横で椅子に座って拝聴する役目を仰せつかったこともある。
 演歌や歌謡曲、ポップス系のたくさんのコンサートに足を運んだものだが、母が亡くなってからはあまり行かなくなった。

 唯一私がすすんで足を運ぶコンサートが、岡村さんのコンサートなのだ。時々、なぜこんなに必死になってチケットをゲットしようとするのだろうかと考える。
 それはたぶん、彼女の「根っこ」に私が惹かれているからだと思う。

 彼女は6年前のコンサートツアーの終了後、結婚式を控えていた。それまでは最低年に1回、コンサートツアーが行われていた。だけどマイペースな彼女のことである。結婚後、どのようなペースでお仕事をされるかということは、一切未定だった。だから、次のコンサートの予定も、全く白紙状態だった。
 案の定、結婚後の彼女はすぐに妊娠・出産となり、そのまま子育て中心の生活に入ってしまわれたのだ。

 そしてあっという間に、6年という月日が経過した。そういえば6年前、私はいったい何をしていたのだろう。

 6年前といえば、あの阪神・淡路大震災から1年が経過した年である。母の三回忌を行ったのも、6年前だった。
 そして何よりも、仕事のことで深く悩んでいたのも、6年前だった。

 当時勤務していた事務所に在籍していたのは、私含めて4人。少人数ということもあり、私はほとんどの所内業務を1人でこなしていた。
 通常の事務の他に、営業マンの代理で見積処理もしていたし、お客様に商品説明をすることもあったし、荷受けや商品梱包、出荷処理も行っていた。特に出荷作業は大変で、日によっては数十箱の検品や出荷があったりした。
 私は毎日、狭い事務所の中をかけずり回っていた。

 ばたばた状態での仕事なので、ミスも増える。そんな私の様子を見かねた上司が、本社に勤務していた女性を転属させてくれた。彼女はまだ20代前半で、仕事の飲み込みも早く、とても真面目で働き者だった。
 だが彼女が来てくれるまで、私がそれまで行っていた仕事を彼女と私で折半することの難しさに気付かなかったことが誤算だった。それに仕事量も1人では多かったけれど、2人になると少ないということも、彼女が来てくれてからわかったことだった。

 上司は私に、とりあえず彼女に仕事を全て渡すように命令した。だが、それ以降の指示は全く下されない。私はたちまち、仕事量が格段に減ってしまい、酷い時には1日何もすることがないという日々が続くようになった。本来の仕事以外のこと(掃除とか買い物とか、商品の勉強など)をこなしてはいたが、限度がある。
 でも「仕事がない」ということを上司に訴えるのが、私はなぜか恥ずかしかった。仕事は与えられるものではなく、自分で見つけるものだという意識が、どこかにあったからだ。

 それに、私から1メートルも離れていない席に座っている上司が、私の様子に全く気付かず、後に「仕事がないんやったら、言うてくれなわからへんやんか」とのたまうような、愚鈍な人だったことも災いした。
 そんなこんなで、私はだんだん落ち込んでいった。

 私が入社するまで、その事務所には事務担当社員(女性)が居着いたことがなかったという。私はそんな事務所で3年以上頑張り続けていた。私が入社してから売上げ不振が続き、事務所を閉鎖しなければならないかもしれないという危機が訪れたとき、「頼むから、やめんとってな」と上司から説得されたこともあったのだ。
 あの言葉は嘘だったのかと、疑心暗鬼になった。

 そして、転属してきた女性の若さと、頭の柔らかさにも嫉妬していた。
 勤務して3年以上経っていた私が気付かなかった矛盾にも、彼女はしなやかな感性で対応し、よりよい方法に改善していた。そんな彼女の「気付き」にも、私は悶々としていた。自分の心の「闇」に向かい合わざるを得なかった。

 その年の年末、少し状況が改善され、私の仕事量も増えた。
 それでも「会社という組織の中では、もう私は若くはないんだ」ということを実感し、「会社に勤める女性にとって、年を重ねるってどういう意味があるのだろう」という思いが、心に深く刻み込まれた1年だったのだ。

 あれから6年。孝子さんは現在幼稚園に通う女の子の、お母さんである。
 私も6年前在籍していた会社を昨年退社し、当時は考えもしていなかった道を歩んでいる。母の七回忌法要も、この間に執り行った。様々な出会いもあったし、何人かの親戚との永遠の別れもあった。

 6年ぶりの孝子さんのコンサートは、とても居心地のよいものだった。彼女も客席の雰囲気も、6年前と全く変わりない。6年前の孝子さんとお客さんが、それぞれの時間を重ね、再び集ったという感じだったのだ。
 バックバンドのメンバーもほとんど変わりなかったし、ステージの進め方や曲の合間のおしゃべり、そしてアンコールまで、全てそのままである。自分の仕事に誇りを持っていなければ、できないことである。
 自分の「根っこ」ごと引っこ抜いて変化していくことが進歩だと考えるアーティストが多い中で、彼女の普遍性は特筆すべき事だ。

 今は、自分を保つということがとても難しい時代である。世の中の動きは早くてめまぐるしい。全てについていくことは、至難の業だ。
 よしんばついていけたとしても、選択肢がたくさんありすぎて悩んでしまい、自分をどこかに見失いがちだ。

 人は誰しも成長し、立場や状況がどんどん変化し、つながりもどんどん増えていく。女性の多くは、結婚すれば姓が変わる。
 そういった様々な変化の中で、人はどんどん変わっていく。生き抜くために、自分を無理矢理変える人だっているのだろう。
 そんな難しい時代の中で、「根っこ」を変えずに生きている人は、私は世の中で一番すごい人だと思う。

 翻って私はどうだろうか。
 6年前に向かい合った私自身の心の闇は、私の「根っこ」に養分を与えてくれたのだろうか。
 せっかく「根っこ」を成長させるチャンスを、私自身が棒に振ってはいなかっただろうか。
 私の「根っこ」は、いったいどこに生えているのだろう。どんな太さで、どんな方向に伸びようとしているのだろう。

 自分で自分の「根っこ」を見いだすことは、難しいことだ。誰かに教えてもらわなければ、教えてくれる人がいなければ、自分の「根っこ」が腐りかけていても気付かないかもしれない。
 でも、そうだからこそ、人は人を求め合う。

 もしかしたら人の「根っこ」って、それぞれの人の「心の闇」に根付いているものなのかもしれない。
 その「心の闇」に自然に寄り添ってくれる人こそが、その人にとって本当に価値のある人なのかもしれない。

 自分の「根っこ」を変えないことこそが、今のような時代に一番必要とされている資質なのだと、私は思う。
「進歩がない」という類のものではなく、「いつ会っても、変わらないね」と言われる人こそが、自分の根っこをしっかり根付かせ、どんな局面にぶち当たってもしなやかに乗り越えていける人なんじゃないかということを、孝子さんが気付かせてくれたのだ。

 私も私の「根っこ」を大事に育て、たくましく成長させることができるようになりたい。
 そして、そんな「根っこ」の持ち主たちに囲んでもらえるような人になりたい。