「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/08/13(Tue)
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第57巻 「私の磁場を作りたい」
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 先月末くらいから、仕事PR用チラシを配って回っている。チラシとはいっても、自分で製作して自宅のプリンターで印刷した、ちゃちなものである。
 チラシを配る目的は、「私がここにいる」ということをまず宣伝することである。

 仕事は私ひとりでやっているのだから、チラシを運ぶのも配るのも、当然私ひとりである。だから、一度に大量のチラシ配りは無理である。少しでも目立つようにと、カラー用紙に印刷したチラシを三つ折りにし、1回の配布につき500枚くらいを紙袋に入れて持ち歩く。
 配布時間は早朝。今の季節なら明るいし、まだ涼しい。朝5時頃に起床し、歩きやすい格好で家を出る。私の住んでいる市の中心は隣の駅なので、始発かその次くらいに発車する電車に乗り込む。
 早朝なのに、意外とたくさんの人が電車に乗っていることに驚いた。

 市内全域をくまなく回るということも、正直無理である。だから配布場所はとりあえず、駅の近所にある商店や一般家庭にしぼった。最初は不安だったけれど、チラシを1枚ポストに放り込めば肝がすわる。
 早朝の気持ちのいい空気の中を、私はどんどん歩き始める。

 都心の駅前ならどこでもそうだと思うが、とにかくマンションが多い。マンションへの配布は、枚数がかせげる絶好の場所である。だけど、無駄な配布は紙がもったいないので、ポストに名前が書かれていない部屋には入れないようにした。それと「チラシお断り」という張り紙がしてあるポストにも入れないようにした。

 駅から少し離れると、一戸建ての家が増える。中には、勝手口のある立派な門構えの豪邸もある。こういう家には、玄関と勝手口にそれぞれポストがついていたりする。反対にポストがない、古ぼけた家もある。挙動不審者のように、家の前でうろうろしてしまうこともあった。

 生まれた時から住んでいる市なのに、よく歩いている町のはずなのに、知らない場所がずいぶんあり、思わぬ所に思わぬ通りや建物を見つけ、声を出してしまったこともあった。

 配り始めて1時間も経つと、会社へ出勤するために駅へ向かう人たちがだんだん増えてくる。家の回りを掃除したり、植木の水やりをしている人も目立ち始める。
 私のTシャツも、だんだん汗にぬれ始める。

 きょろきょろしながらチラシをポストに入れている「挙動不審な」私を、遠くからじっと見つめるおばちゃんもいた。その目には「何を配っているのだろう、もしかして特売のチラシかも」という好奇心と期待が入り交じっている。おばちゃんは私が到着するまで家の中に入らず、私がチラシを渡すまでじっと待っていてくれた。
 あのおばちゃんの家では、たぶん私のチラシはメモ用紙に変身しているだろうな。

 ホームレスとおぼしきおっちゃんが、ある豪邸の門の前で熟睡している時もあった。夏とはいえ、固い地面の上で直に寝ころんでいるのだ。私が近づいても、おっちゃんは目を覚まさなかった。
 しばらくして再びその場所を通ると、おっちゃんは目覚めていて、出発の支度を整えていた。

 500枚のチラシを配布し終わるのに、約2時間かかる。欲深い私はチラシを配りながら、ついつい浅ましい考えに思いを巡らす。

 今日からうちの電話が、じゃんじゃん鳴ったらどうしようかな。
 仕事がたくさん入ってきて、1人じゃ手が回らなくなったらどうしようかな。
 忙しくて、寝る暇がなくなったらどうしようかな。

 たかだか1000枚前後のチラシを配っただけなのに、根がお気楽な私の想像力は、どんどんふくらむ。チラシを配ることの本当の目的など、その時はどこかに飛んでいっている。
 そのあまりの浅ましさに、自己嫌悪に陥ったりする。

 空になった紙袋を片手に駅へ戻ると、ラッシュの時間帯である。既に体中汗だくで、喉がからからな状態の私は、駅の自動販売機で缶茶を1本買い、その場でごくごくと飲み干す。
 飲んでいる間、ホームにいる人たちや電車をぼんやり見つめる。

 このたくさんの人たちは、それぞれみんな行き先も目的もすべてが違う。抱いている思いもすべて違う。そんな人たちが同じ電車に押し込まれ、それぞれの目的の場所に向かっていく。
 1年前まで私も、この人混みの中の1人として確かに存在した。そして今、私はその風景をぼんやり見ている。
 私は1年前まで、仕事場で本当に必要とされていたのだろうか。

 今私は、誰かに必要とされているのだろうか。私自身が「磁場」となりえるのだろうか。

 磁石にはN極とS極があって、磁力線が出されている。磁力線はN極から出てS極へ帰る。この磁力線の数が多いほど磁気エネルギーは強くなるらしい。
 だから強力な磁場を作るためには、磁気エネルギーが強い磁石を使えばいいのだ。

 だけど今の私は、「不安」という障害物に阻まれ、私自身のエネルギーはあまりに弱い。どうしたらよいのだろうって、立ち止まってばかりである。
 だから「私の磁場」など、今の私からは生まれるはずがない。でも作りたい。私だけの「磁場」を。

 会社を退職して1年以上が経過し、インターネット上に仕事用のHPを立ち上げてからでも半年以上経つ。自分なりにいろいろとリサーチし、私ができそうなことを羅列し、それをどのようにPRしていくかを考えている。勉強も必要だ。
 あせらずにマイペースで進んでいるつもりだけれど、仕事がない期間が長くなるとつい焦るのだ。焦ると気持ちが萎えてしまい、余計にやる気がなくなる。不安が大きくふくらむ。

 チラシを配っていても、たまに入ってくる問い合わせに答えている時でも、不安な気持ちが先に立つ。なぜなら私には、人より特別に優れているという分野が、これといってないからだ。

 私がメールやインターネットを使い始めたのは、今から5年以上前。それ以前からパソコンに向かう機会は多かった。だけど当時から、寝食忘れてのめりこんだ分野がない。広く浅く、何事も中途半端にしかこなしていないのである。
 だから、私の力量には限界がある。唯一誇れるのは、パソコンの前に何時間いても、苦痛ではないということだけ。
 そんな自分に自信が持てず、不安と焦りにさいなまれている私が、今ここにいる。

 会社にいる頃、自分なりに仕事を組み立ててこなしているのは、私自身の力だと思い込んでいた。でもそれは、大いなる勘違いだった。
 私が考えていたのは、「与えられた仕事をどうこなすか」ということであって、「仕事そのものを得る」ということではなかったのだ。

 仕事を得るためにはどうしたらよいか、私を必要としているお客様はどこにいるのか、どのようにPRしていけば効率がよいのか、すべて自分で考えていかなければならない。
 そんな単純かつ大切なことに気付いたのは、HPを立ち上げてからのことである。自分の浅はかさに愕然とする。

 でも自分のペースを保ちながら自宅で仕事をするというのは、かねてからの夢である。それにこの夢が実現すれば、父の介護方法ももっといい方向に変えられるかもしれない。
 それがこの道を選んだ私の、原点だったはずだ。

 マイペースな私。遠回りな生き方しかできない私。自信を持った生き方がなかなかできない私。だけどそれが、私。私は私でいるしかできないのだ。他人の真似など、私にはできない。
 そうなんだ。私は今、自分で自分のエネルギーを弱めているんだ。

 私から不安や焦りを完全に消し去ることなど、できやしない。仲良く付き合っていかなきゃ、仕方がない。
 不安も焦りも自信のなさも、すべてひっくるめて「私」なのだから。

 私が私のままでいれば、私の磁場は作れるんじゃないか。きっと「私だけの磁場」はできる。
 そしていつか必ず、私の磁場に共鳴してくれる人が現れる。そう信じたい。

 さあ、またチラシを印刷しなきゃ。