「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/07/30(Tue)
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第55巻 「会社なんてこんなもの」
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 すったもんだの末に、昨年6月にS社を退職してから、早いもので1年以上が経過した。

 Y氏の事業部にいた人たちとは関係を絶ったが、他の人たちとは交流が続いている。特にN氏とは、近況をメールで交換したり、電話で話したりしていた(Y氏とN氏、そして私の退職までのひと騒動に関しては、 第8巻〜11巻「私が会社をやめたわけ」シリーズをご覧下さい)。

 7月に入り、久々にN氏からのメールを受け取った。「しゃべりたくて口がむずむずしていることがあるから、遊びに来ませんか」という内容だった。
 私が退職前に所属していた事業部に、劇的な変化があったらしい。いったいどのような変化があったのか。私の好奇心がむくむくと沸き上がったのは、確かである。

 私が退職した後、事務所内で仕事をしていたのは、背任行為で自分の会社を立ち上げた(登記はしていない)にもかかわらず、社長の温情で事務所を間借りさせてもらっているY氏、S社正社員のB氏、そして派遣事務社員の女性の3人である。
 つまり、事務所内にいる人たちは、全員違う会社の社員ということである。

 相変わらず、事業部の部長という責任者は存在せず、別会社の人間であるはずのY氏がずっと「部長」と呼ばれていた。命令を下すのも相変わらずY氏だし、事業部のお金を扱うことも許されていた。
 私が退職した後の事業部は、会社としてのけじめもつけられていない惨憺たる状態になっていた。

 事業部の営業成績も相変わらず、底なし沼に落ち込んだような状態が続いていたらしい。
 Y氏の営業方法は、満開の花を摘み取れるだけ摘み取って(それも、大きな花のみをターゲットにする)いくというものである。摘み取った後は何もせず、また新たな大輪の花を探す。右肩上がりの成長を続けていた時代の営業手法である。
 だけど今の時代は、土を耕し種をまき、肥料をやって大事に育て、花を咲かせて収穫し、また次のシーズンに備えてメンテナンスをして種をまくという、丁寧な仕事をする営業マンでなければ、生き残れないのだ。

 先日の夕方、好奇心を抱きかかえるようにしてN氏の事業部におじゃました。迎えてくれたのは、N氏と事務担当のMちゃん(女性)だった。
 2人は私を、近所の中華料理店に案内してくれた。15人も入ればいっぱいになる小さな店だが、N氏は「ここの餃子はおいしい」と絶賛している。以前より量は減ったが、小食の男性よりも食べる量が多い私に、ここの餃子を是非一度食べさせたいと、N氏はかねがねおっしゃっていたのだ。
 2人前ずつの餃子を3皿頼み、2人は生ビール、私は店外で買ったお茶(その店、飲み物はビールか水しかない)で乾杯し、久々の再会を喜び合った。
 焼き餃子を口に運びながら、N氏はおもむろに口を開けた。

「あの事業部、9月で閉鎖やで」
「え、ほんまですか?」
「うん、今度はほんまや。大どんでんがえしがなかったらな」
「そやけど、そんなこと私がやめる前にも言うたはりませんでした? なんか半信半疑・・・」
「とりあえず、今の事務所の賃貸契約は3月末で解除になってるで。退去6ヶ月前に申請せんとあかんから」
「・・・ああ、だから、9月末ということですか。でもそんなん、変更はいつでもできますやんか」

 去年の春先にも、その年の9月で事務所を閉鎖すると、社長はおっしゃっていた。だが結局、なし崩し的に取りやめになり、私は退職したのである。N氏の言葉を、私は鵜呑みにすることはできなかった。

「信じられへんの、当然やわなあ。でもな、A社との代理店契約も、6月末で解除になってるんやで。これでも信じられへんか?」
「え、ほんまですか? ほんまに解除しはったんですか?」
「社長はな、Y氏に資金援助して正式に会社を興させて、Y氏の会社とA社を代理店契約させるという話までしてたんや。そやけどA社がそんな危ないことするわけない。もしそういう締結をしたいんやったら、うちの会社に保証人になれって言うてきよった。当然やわなあ。さすがに営業会議では、満場一致で反対や。うちの会社にとって、何のメリットもないからな。社長、がっくりきとったわ」

 Y氏の事業部は、A社の商品を販売する1次代理店だった。Y氏の事業部の売上全体のほぼ全てを、A社の商品でまかなっていた。比較的値が張る商品が多いので、システムやプロジェクトが動き出すと、かなりの売上高となる。この金額の大きさが、社長にとっては魅力あるもので、去年代理店契約解除に踏み切れなかった1番の理由である。
 それゆえ、A社との代理店契約を解除したということは、事業部滅亡に等しいのだ。

「6月30日(つまり代理店契約が切れる日)に社長が俺に電話してきてな、こう言いよったんや。『B君ともう1回、A社の商品扱わへんか』って。俺、ひっくりかえりそうになったわ」
「社長らしいですねえ」

 社長は最後まで、こだわっていたのだ。目先の売上と、背任者であるY氏の居残りに。

「B君も、9月20日で退職や」
「あらららら・・・」
「俺には、7月20日までやって言うとったんやけどなあ。まあ受注残もあるし、しばらくはお客さんへのフォローも必要やし、しゃあないわな」
「派遣の女の子は、まだ来たはるんですかねえ?」
「いや、もう7月からは来てない」
「そしたら、本社へ売上伝票を回してるのは、誰? B氏がそんなこと、やるわけないし」
「Y氏やろ、たぶん」
「なんでやねん」

 B氏は、自分の嫌な仕事は一切しないマイペース人間である。加えて、他人にわかるように説明をしようという気持ちがない。
 技術者である彼の説明は、特に素人にはわかりにくい。彼の説明で納得できる人は、頭の回転が早く専門知識がある人である。こういう人を、B氏は非常に大事にする。自分の説明で理解をしてくれない客に対しては、「あの人、だめ」と一刀両断である。
 B氏のこういう態度が大嫌いだった私は、よく彼に文句を言った。でも彼は、全く態度を改めようとはしなかった。

「あいつ(B氏)がな、『どのメーカーの商品でも、勉強して仕事します』とか言うやつやったら、よかったんやけどな。俺もあいつの助けを借りて、A社の商品を売ろうかなとも思うで。それに社長も『本社での仕事を用意してもええで』とまで言うてくれてたんや。そやのにあいつ、社長に『A社以外の商品については、わかりません。やりません』って言いよったんやで。社長もあきれとったわ。あいつ、ほんまにあほやで」

 2人前の餃子を平らげた私は、N氏の注文に便乗して冷麺を頼んだ。Mちゃんの皿には、まだ餃子が何個か残っている。

「どうや、これで信じる気になったか?」
「うーん・・・」
「この話、3月から始まったんや。しゃべりとうて、うずうずしとったんやけど、二転三転しとったから、はっきりとしたことが言えんかったんや」
「うーん・・・。まだ半信半疑ですわ。何が起こるかわかりませんからね。油断できません」
「うん、俺も油断はしてへん。10月に入ってあの事業部が完全に消滅したのを見届けたときに、絶対乾杯しような」
「はい、わかりました。楽しみにしてますわ」

 冷麺を食べ終わったところで、その日の宴会はお開きとなった。Mちゃんの皿には、餃子が残ったままだった。

 帰りの電車に揺られながら、私は何ともいえない気分に襲われていた。
 会社を退職したことに関して、私は何も後悔していない。だけど退職前に私がしたことは、いったい何だったのだろうか。

 自分がかつて愛着を持って働いていた部署が、崩壊寸前になっている。この「崩壊」の最初のきっかけは、私がY氏の背任行為に気付いてしまったことからなのだ。
 Y氏が背任行為をしていると私が社長に報告したことで、様々な人たちの運命が変わってしまった。私が黙っていさえすれば、もっと違う道があったのかもしれない。
 でもあの時の私が選んだ道は、間違っていなかったと信じていたい。

 愛社精神があったわけではないけれど、私はあの事業部が好きだった。最初の頃は仕事も忙しかったけれど、充実感もあった。あんなに頑張って自分からすすんで仕事をしたことは、それまでなかったような気がする。
 仕事をすることは人間の全てではないけれど、1部ではあることは確かだ。そう思っている私にとっては、とても大切な場所だった。

 好きだった職場がどのようになっていくのか見届けてから、本当は退職したかった。社長にもそう伝えていたのに、結局昨年出されていた結論が、1年先延ばしされただけ。去年この結論が実施されていれば、仕事にも会社にもすべてけじめがつけられたのに。
 この会社での8年半の勤務に対する「けじめ」を、私はやっと本当の意味でつけることができるのだろうか。

 会社の規模が小さくなればなるほど、トップの人間の独断ときまぐれで会社が動く。世間の常識が、社内では非常識とみなされることだってある。会社としての体面より、トップの感情が先走ることだってある。
 それらに振り回されるのは、何の関係もない社員たちである。そんな人たちの涙を、私は何度も目撃した。

 会社に期待しすぎては、いけないんだろうなあ。なぜなら、会社を動かしているのは人間だもの。会社は人間社会の縮図だもの。
 会社なんて、しょせん、こんなものなんだ。投げやりな気持ちからではなく、そう思う。