「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/07/09(Tue)
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第52巻 「何はともあれ、野球です」
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 もう既に忘れ去られているかとは思うけれど、去年のちょうど今頃、大阪(市)は「オリンピック招致失敗」という奈落の底に突き落とされていた。

 今考えても、あの惨敗ぶりは予想通りの結果だったと思う。なぜなら当時、「オリンピックを大阪に!」というスローガンで盛り上がっていたのは、大阪市民のほんの一部だけだったからだ。
 大阪市内を1歩出てしまえば、大阪でオリンピック招致が行われていることなど、全く感じられなかった。

 国はおろか、大阪府という狭い地域での招致運動さえ、大阪市は最後までできなかった。
 でも大阪市は最後まで、オリンピック開催の夢にかじりついていた。滑稽なくらい。

 北京が本命で、大阪には勝機がないと、さんざん言われていたし、そのことは大阪人には充分わかっていた。大阪は、商人の町である。まわりくどくて無駄なことは、大阪人は大嫌いだ。
 誰も表だって口には出さなかったけれど、随分前からほとんどの大阪人は、オリンピック招致に関して冷めた目で見ていた。冷めた雰囲気っていうのは、誰でも敏感に感じる。視察に来たIOCの人たちには、きっとすぐにわかったと思う。
 大阪でのオリンピック開催という「企画」は、たぶん最初から無理な話だったのだ。

 ちなみに大阪は今、オリンピック「先行投資」のつけをもろにかぶり、借金大王状態である。

 そして1年後、日本全国、津々浦々、右も左も上も下も、ワールドカップ一色となった。テレビや新聞もサッカー色に染まり、テレビの最高視聴率は、60%以上にも達したという。
 でも私は、結局1度もワールドカップの中継を見なかったという、非国民である。そのせいで、話題になったベッカム様のお顔を私は覚えることができなかった。

 私が住んでいる市は、比較的サッカーが盛んな所である。小さい頃からサッカーに接する機会も多かったので、興味がないわけではない。
 小学生の時、男女混合のサッカーの試合もしたことがある。前にも書いたが、私は運動神経欠落少女だったので、ボールを蹴る機会はなかったのだが、それでも広いグラウンドを走ることは、何となく楽しかった。
 私が卒業した高校などは、硬式野球部がなく、サッカー部がグラウンドを独占していた。そのせいかどうかは知らないが、高校総体に出場した人もいたし、当時は大阪府内ではトップクラスの実力校だった。

 でもこの1ヶ月のお祭り騒ぎには、ついていけなかった。人混みに入ると酔ってしまう最近の私は、あまりの熱気でみんなの輪に入っていけなかったというのが、実感である。

 チケット問題やホテル大量キャンセル問題等、いろいろなことがあった。でもあちらこちらで、出会いと交流が生まれた。何よりも、2カ国共同開催という初めての前例を、韓国と日本が作ったという功績は大きかったと思う。

 悲しみの「失敗」から1年、大阪市内でも何試合か行われた。大阪人でさえ、去年のオリンピック騒動のことなど、もうすっかり忘れてしまっている。
 だけどもし、大阪がオリンピック招致に成功していたとしたら、今回のワールドカップのような盛り上がりを見せただろうか。

 オリンピックとワールドカップの一番の違いは、国家が前面に出てくるかどうかだと思った。
 招致合戦でも、オリンピックは都市同士で、ワールドカップは国同士で争う。競技を見てもそうだし、何より「サポーター」達は、国を背負って応援している。
 オリンピックは基本的に、個人に栄誉が与えられる。

 だけど、オリンピックもワールドカップも、期間限定のお祭りであることには変わりがない。
 その祭りでの主役を目指し、選手達は自分の生活を犠牲にして練習に明け暮れる。厳しい生存競争をくぐり抜け、4年間の努力の成果を、祭りの中で披露する。時間にすると、ほんの一瞬である。
 見ていると美しいと思うし、すごいなあと感動もする。自分には持っていない素質を見せつけられてうらやましくも思う。

 でも祭りは、うたかたである。うたかただから、記憶に残るのかもしれないけれど。

 スポーツの大祭であるワールドカップが終わった。この狂乱の蚊帳の外にいて、いつものように辺りをきょろきょろ見回していた私は、強く感じた。
 日本人にとってのスポーツは、サッカーでもなく、オリンピックの華麗な演技でもなく、やはり野球なのだと。
 野球は日本人の、特に今の日本で人口比率の多くを占めている「おじさん」たちにとっては、心のふるさとなのだと。

 今春、私の住んでいる市にある高校が、甲子園に初出場したのだが、実は市内にある高校が甲子園に出場することも初めてだったのだ。
 市役所や駅前には、「○○高校、甲子園出場おめでとう!」と書かれた横断幕が掲げられた。他の競技で全国大会出場を果たした人や学校は、今までにもたくさんあったけれど、せいぜい市の広報に写真が掲載される程度だったのに比べ、この横断幕はまさに破格の扱いだった。

 たぶんそんな横断幕を掲げようと発案したのは、市役所に勤務している野球好きなおじさんだと思う。おじさんたちのとっての「甲子園」というのは、永遠不滅の存在なのだ。

 私の父もご多分に漏れず、野球が好きである。関西人のくせに、巨人ファンである。その影響で私も昔は、王・長嶋、王・張本のクリーンナップコンビや、柴田・高田の黄金の1、2番コンビなどを、わくわくしながら見ていた記憶がある。

 ワールドカップの間、父は「サッカーばっかりで、おもろない」とぶつぶつこぼしていた。ルールが今ひとつ理解できないせいもあると思うのだが、父にとってのスポーツは、やはり「野球」なのである。
 なぜなら、サッカーは目を離させてはくれないから。よそみすることもできないから。父はそういうことが、絶えられないのである。

 サッカーは一度プレーが始まると、1時間以上連続してプレーが続く。
 若い人は、気持ちを高揚させ、ひいきの選手を応援しながら、ひたすらボールを追いかけるという緊張感を持続させることができる。
 でもおじさんになると、そうはいかない。何事に対しても、緊張感を持続させることがつらくなってくるのだ。そして、そんな緊張感を感じるのは、仕事中だけでいいと思うようになるのだ。

 なんで家に帰ってまで、それもテレビの前で、連続して1時間以上も「緊張」しなければならないのか、などと考えてしまうのだ。

 そんなおじさんは、家に帰ると、サッカー「観戦」ではなく、野球中継をテレビで「見る」のだ。風呂上がりにビールを飲み、おかずをつまみながら、時には奥さんや子供のぐちや喧嘩を聞きながら、ぼーっと「見る」のだ。
 サッカーのように、集中する必要もない。少しぐらい画面から目を離しても、誰かがヒットを打ったりしたら、テレビの音でわかるので、安心である。途中でCMが定期的に入るので、トイレにも行ける。

 テレビの前で寝っ転がってだらだらし、「なんでこんな選手使うんや。交代せんかい、交代」と、好き勝手な事を言うこともできる。監督が怒って、そのへんにあるものを蹴り飛ばしているシーンを見て、「怒っとるわ、あいつ」と笑うこともできる。おならもげっぷも、し放題。

 野球のだらだら感が好きではないという人もいるけれど、こういうおじさんたちは、サッカーのスピーディーさについてはいけないのだ。
 何より、サッカーのあの一瞬の判断力や瞬発力は、若くなければ発揮できない能力である。それを見て、おじさんは若さに嫉妬したりする。

 ワールドカップは、1ヶ月限定のお祭りだった。でもこのお祭りが、2ヶ月以上続いていたら、日本人は野球に戻っていただろうと思ったりした。
 リトルリーグや高校野球、六大学野球やノンプロ、そしてプロ野球。野球はスタートから、地域や学校や企業を巻き込んでいる。これらを巻き込むと言うことは、日本中を巻き込んでいるのと同じ事だ。今のサッカー界との大きな違いは、ここである。

 それに日本には、ある野球チームのために、ある野球選手のために、テレビで涙を流すことを許されているアナウンサーだっているのである。
 日本の国技は、今や相撲ではなく、野球である。

 サッカーのワールドカップでさえこんなに盛り上がるのである。野球を国技としている日本としては、野球のワールドカップを主催してもいいと思う。
 大阪市もオリンピックにこだわらず、こういう企画を推進していれば、もしかしたら今の借金大王のような状況ではなかったかもしれない。
 オリンピックやワールドカップとは違い、野球のワールドカップなら少なくとも日本では、うたかたのお祭りではないのだから。

 でも何はともあれ、お祭りが何事もなく始まって終わる時代でよかった、だらだらと野球を見ることのできる時代でよかったな、などと感じている私なのであった。