「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/07/02(Tue)
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第51巻 「うつろいやすい『あたりまえ』」
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 今のビデオなどについている時計は、数分くらいなら電源プラグをコンセントから抜いても、遅れることはない。でも、私のCDラジカセについている時計は、電源プラグを抜くと、律儀に止まる。止まっている時間分、時計はどんどん遅れる。

 最初は遅れるたびに合わせていたのだが、このCDラジカセの時計を基準に生活することはないので、だんだん面倒になり、最近は全く合わせていなかった。
 今、その遅れは約2時間に達している。

 先日の日曜日に拭き掃除をしていた時、その2時間という遅れに初めて気付き、私はびっくりしてしまった。でも私が時刻を合わせていないのだから、遅れるのはあたりまえだ。
 そう、「合わせていないのだから、時刻が遅れているのは、『あたりまえ』」なのだ。

 私がどんなに動作原理を説明されても、不思議で仕方のない物が、テレビとラジオと電話機である。現代の私たちの生活には、なくてはならないものだし、理屈を考えながら使う物でもない。
 でも、それでもである。

 どうして、遠く離れた所での様子が、スイッチを入れるだけで見えるのか?
 どうして、遠く離れた所で話されている声が、スイッチを入れるだけで聞こえるのか?
 どうして、遠く離れた人同士が、直接話すことができるのか?

 電波も音声も、目には見えない物である。それがどうして、見えたり聞こえたりするのだろう? 笑われるかもしれないけれど、私は本当に、今でも不思議なのである。

 生まれた時から目にしている(とはいえ、私が生まれた頃には我が家に電話はなかった。当時はお金持ちの家にしかなかったのだ)私でさえ、不思議に思うのである。人々がこれらの物を初めて見たときの衝撃は、きっと相当なものだっただろう。
 だけどあっという間に、これらは私たちの生活の中にとけ込んだ。そして、各家庭にあって「あたりまえ」の製品になってしまった。
 現在もなお、「あたりまえ」の商品が増え続けている。そして「あたりまえ」は、どんどん多様化している。

 ぞうきんでテレビ台を拭いていた私は、ふと考えた。
「『あたりまえ』が多様化する必要があるのか?」と。「あたりまえ」がひとりひとり違うというのは、何かおかしいんじゃないのかと。

 考えてみれば、いつの間に「あたりまえ」が、人々の共通認識から個人認識に変わってしまったのだろう。第一、「あたりまえ」という言葉すら、最近はあまり聞かなくなったような気がする。
 私が子供の頃は、「あたりまえ」という言葉をよく聞いた。「まっとうな人間になるのが、あたりまえのことだ」とも言われた。
 どうして最近、「あたりまえ」という言葉を、言わなくなってしまったのだろう。

 私が社会人になって3年目の春、例年通り会社に新入社員が入ってきた。それまで1年間面倒を見ていた後輩とは、最初から意志疎通ができていた。しかしなぜか、その年の新入社員とはとにかく話が合わないのである。彼らは、緊張感や力みなども見せず、のびのびと仕事をしていた。のびのびしすぎて、時には野放図になることもあった。
 たった2年で、なぜこんなに違うのか、当時は首をかしげるばかりだった。その後、いろいろと話をする中で、彼らのご両親が非常に若く、戦争を知らない世代であるという事実を知った。

 ぞうきんでテレビを拭いていた私は、この時ひらめいた。
「あたりまえ」が消えた原因のひとつは、これだと。

 私たちの世代の親たちは、昭和初期生まれのいわゆる「戦中派」である。
 思考するという自由を奪われ、理不尽な「あたりまえ」を強制され、信じ込まされたのに、終戦と共にそれが全て否定され、世の中の価値観が180度変わってしまった時代を、目の当たりにして過ごした戦中派。
 そんな戦中派を親に持つ最後の世代が、私たちなのだ。

 時代の大きな変化を、当時の子供達、つまり私の親世代は「大人たちの変貌」というフィルターを通して、シビアな目で見ていたのだろう。
 一夜のうちに、それまで強制されてきた「あたりまえ」が否定されるということを知った彼ら。そして「あたりまえ」が、どれだけうつろいやすい代物であるか、一番知っていたのも彼らだったと思う。

 私の両親も太平洋戦争(当時は大東亜戦争と言ったらしいが)終戦時、10歳前後だった。一番多感な頃が、戦中戦後だった。そのせいか、父も母も、常識的な「あたりまえ」を私に強制する一方で、何だか筋道の立っていない「あたりまえ」を私に平気で言ったりもしていた。
 考える力を養う機会を持たないまま大人になったのだから、今考えてみれば「あたりまえ」なのかもしれない。

 私のように、昭和一桁世代の親を持つ人たちは、さしずめ「境目の世代」と言えるのかもしれない。
 たとえて言うなら、美空ひばりや石原裕次郎の歌も、今のJ−POPも歌える世代。あるいは、脱脂粉乳も米飯給食も知らず、瓶牛乳とコッペパンとアルマイトの容器に入ったおかずを、学校給食で食べていた世代。

 あらゆる技術の飛躍的な進歩で、豊かさや便利さが「あたりまえ」になり、当然欲望もどんどんふくらんでいく。
 だけど「あたりまえ」がうつろいやすいものだと身を以て実感しているはずの戦中派たちは、私たち子供にそのことを教えてはくれなかった。

 大切にしなければならない「あたりまえ」を伝えることは、確かに難しいことだけれど。
 自分たちが経験したようなことを、自分の子供には経験してほしくはないという親心だろうけれど。
 私たちに「あたりまえ」を伝えなかったからこそ、驚異的な早さで日本は復興を成し遂げたのだろうけれど。

 その結果として、私たちは今、本当の「あたりまえ」を、放棄しつつあるのかもしれない。

 現在、公共機関にある水道は自動水栓が一般的になりつつある。手を近づけるだけで水が流れ、手を離すと水は止まる。確かに便利である。水の節約にもなるのだろう。
 これが生まれた背景には、蛇口を閉め忘れて水を流しっぱなしにする人や、反対にきつく閉めすぎる人がいて水が止まらなくなるといったことが多いということがあるのだと思う。あるいは、バリアフリーという観点で増えているのかもしれない。
 だけど、「手を出せば水が出る」ということが、「あたりまえ」になってしまうのは危険だと思うのは、私だけだろうか。

 蛇口をひねって水を出すのは、私たちである。だから、使い終わって水を止めるのは、当然私たちである。それが、「あたりまえ」だ。
 自動水栓は、自己責任を放棄していることにはならないだろうか。

 そのうちに水道が、「石けんできちんと手を洗いましょう」とか「風邪が流行っていますので、うがいを励行しましょう」てな感じでしゃべり出したらどうしよう。
 洗面台に残された髪の毛や吸い殻を、洗面台が自主的に回収し始めたらどうしよう。

 そんなことが「あたりまえ」になってしまったら、人間は考えることさえできなくなるんじゃないだろうか。「考える」から、人間なのだ。それができなければ、ただの生物の一種「ヒト」だ。
 だけど一方で、自分たちを「あたりまえ」にしようと、日々仕事に励んでいる人もいる。

 ぞうきんを持ったまま、ゆらゆらとトランス状態に入っていた私は、やっと我に返った。そしてあらためて、2時間遅れのラジカセの時計を見つめる。
 これがもし今でも、きちんとした時刻を表示しているとしたら便利だけれど、「あたりまえ」の範囲に入れてしまってはいけないのだ。
 電池が切れれば、時計は止まる。水をやらなければ、花は枯れる。歩かなければ、前には進めない。それが、「あたりまえ」のことなのだ。

 うつろいやすい「あたりまえ」。それは時に人を前進させるけれど、後退もさせる。
 本当の「あたりまえ」を見極める目を、いつまでも持ち続けていたい。「あたりまえ」がうつろいやすいということを、記憶に残しておきたい。