「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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★★ひーエッセイ★★ '02/06/18(Tue)
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第49巻 「プチ気迫」
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 先週、「オバさんの逆襲」というコラムの中の一文が目にとまった。
 毎週月曜日、毎日新聞の朝刊に掲載されているこのコラムは、2人の女性が交代で執筆しておられる。先週月曜日の担当は、フリーライターの六笠由香子さん、コラムのサブタイトルは、「プチだらけ」であった。

 六笠さんが友人とレストランで食事をした時、隣席の若い女性たちの会話が耳に入ってきたことが、六笠さん「逆襲」の発端である。以下に、六笠さんの文章を1部引用させていただく。

===========ここから引用===============
やたらとプチプチ言っている。A子は結婚したが数ヶ月で離婚して「プチ結婚」、その弟が家出をしたが、1週間で戻ったから「プチ家出」、B子は二重まぶたにする手術をして「プチ整形」、上司に注意されて「プチストレス」と、こんな具合。
(中略)
「プチ」をつけることで深刻さを軽減させているつもりかもしれぬが、言葉は生き方を表現する。
(中略)
「プチはやめろプチは。結婚も家出も整形も本気でやれ!本気で!」と、我々は低い声でうめく。
===========引用終わり================

 考えてみれば今の時代、何事も本気でやったり、本気でしゃべったりすることは、「格好悪くて、ダサい」と見なされる風潮があるようだ。

 こんなことを書いておきながら、私はというと、本気でしゃべっている人を見ると、なぜか気恥ずかしくなる。自分の理想や夢に向かって、後先考えずにがむしゃらに突っ走っている人を見ても、何だかとても照れくさい。照れ隠しに、理想と現実とは違うと言ってみたりする。
 他人のこういった「気迫」に対して、無関係な私がなぜ照れくさくなるのか、自分でもよくわからない。
 だけど、こういう「気迫」を持った人に出会うことが、最近は本当に少なくなった。昔は、もっと身近にたくさんいたような気がする。

 辞書によると、「気迫」という言葉には「それに接すると感じられる、強い精神力」という意味がある。

 気迫を持って生きている人は、回りの人に影響を与えたり、場合によっては、生き方まで変えてしまうこともある。そして、気迫と気迫のぶつかりあいは、新たな気迫を生み出す。気迫というものは、人間関係の潤滑油のひとつでもあったはずだった。
 その気迫が常識的に見て正しくないこともあるし、回りの迷惑になることだってある。気迫が空回りしている人たちだって、当然いる。
 だけど、こういう気迫を持っている人たちは、自分の人生を後悔したりはしない。完全燃焼である。

 私の父の「自分は悪くない」という信念を持った生き方も、ある意味気迫がある。

 私の父の父(つまり私の祖父にあたる人)は、根性の座った大酒飲みだった。何しろ、火を近づければ炎が出るというメチルアルコールを、そのまま飲んでいたような人だったのだから。メチルアルコールを飲むときの祖父の苦しみは、想像を絶する様子だったらしい。
 無茶を重ねたのが原因で、祖父は若くで亡くなったのだが、死ぬまでアルコールをやめようとはしなかったとのことだ。

 そんな祖父の血を引いたのか、私の父も若い頃から無茶のし通しで生きていた人である。
 たばこや酒は、中学生くらいの頃からすでにたしなんでいたらしい。戦後のどさくさの頃には、「ヒロポン」と呼ばれる覚醒剤(当時は薬局で売っていたらしい)も打っていた。さいころや花札を使った賭け事も大好きで、一晩で給料全てを使い果たしてしまうことなど、しょっちゅうだったらしい。
 こういうことを大きな声で、隠すでもなく堂々と言うのが、父なのである。

 さすがに祖父のように、メチルアルコールを飲むようなことはなかったが、父も酒の類は片時も手放すことはなかった。

 朝から晩まで飲んでいた。お茶やお水代わりに飲んでいた。若い頃は、あて(肴)も食べずに飲んでいた。
 仕事が終われば、あちこちの店で飲み歩き、深夜に泥酔状態で家に帰る。毎日毎日、それの繰り返しである。私が生まれた日も例外ではなく、父は酔っぱらった状態で病院に行ったらしい。

 私が小学生の頃に、父は重度の肝硬変になり体中が真っ黄色になった。当然、酒は厳禁だった。それでも飲んでいた。

 アルコール中毒症になり、「天井裏を誰かが歩いてる」という幻覚に冒され、警察が出動する騒ぎになった。専門病院に強制入院となり、アルコールを断つための「断酒会」にも強制参加させられていた。それでも飲んでいた。入院中に。

 バージャー病という難病にも冒され、開腹手術を2回も受け、禁煙と節度ある飲酒を医者から言い渡された。それでも飲んでいた。当然、禁煙などもってのほかだった。
 要するに父は、自己管理ができない人なのである。

 父がクモ膜下出血で倒れ、今のように体の不自由な状態になったのはなぜか、誰が考えてもわかる。でも父は、絶対にそれを認めようとはしない。
 父はいつも、こう言う。「一生懸命働いてたのに、こんな体になってしもうて、わしは運が悪い」。

 父にしてみれば、悪いのは運であって、自分の不摂生ではないのだ。そしてこうも言う。「わしは酒とたばこは、自分から完璧にやめたんじゃ」と。

 運が悪いのは、父ではなく、私と母である。

 普段の生活でも、一事が万事そんな調子である。
 自分の非は絶対に認めず、すべて他人のせいにし、自分の都合のいいように解釈する。そして自分の気に入らないことがあると、瞬時に怒りのスイッチが入る。スイッチの調整は、不能である。
 その様子はまさしく、瞬間湯沸かし器、そのものだ。

 父ほど、自分で自分の体を破壊しておきながら、自分のことを可愛がっている人はいない。そんな父の「都合のいい話」を聞いていると、怒りやあきらめを通り越して、私は感動すらおぼえるのだ。
 なんて幸せな人なんだろうと。

 父が無茶な人生を送ったのには、家庭の事情もあっただろうし、時代背景の影響もあっただろう。
 だからといって、私は父の生き方を肯定しているわけではない。母と私にとっては、父の生き方は「ご迷惑様」そのものである。だが、これも人間の気迫のひとつだと思うのだ。
 父はこういう形でしか、気迫を表現することができない人なのだ。

 気迫とは、人間の力、そのものなのかもしれない。

 プチ結婚にプチ家出、プチ整形にプチストレス。こんな「プチ」な生き方しかしようとしない人、言い換えれば、プチ気迫で要領よく生きることに長けている人には、父のような底抜けに要領の悪い人生を送ることなど、想像もできないだろう。
 ただ父は、今でもはっきりと言う。「若い頃は、一生懸命だった」と。父のような、すっとこどっこいな気迫でも、プチ気迫よりはましだと、私は思う。

 もともとプチ(petit)には「小さな」とか「ささいな」という意味がある。でも今は、「お気軽な」という意味で使われている方が多いんじゃないだろうか。

 以前は、結婚だって家出だって整形だって、大きな覚悟を持って決行していたものだ。何しろ失敗しても、後戻りすることは困難だったからだ。
 人生の大事に「プチ」という言葉をつけている人は、きっとお気軽に元に戻れる場所があるのだろう。戻れると思っているのだろう。
 だけど、お気軽な行動に対しては、お気軽な結果しか返っては来ない。本当のしあわせを感じることは、決してない。

 振り返って自分に気迫があるか、と考える。だけどそれは自分ではわからない。気迫があるかどうかは、他人が判断することだと私は思うからだ。
「私には気迫がある」と自分で言ってしまったら、なんかおかしいもの。

 ただ言えること。私は、プチなんていらない。
「プチ気迫を持っている人」などと言われないよう、私は自分の人生、本気で生きたい。「プチ結婚」や「プチ整形」なら、しないほうがまし。

 私は私の、ほんとのしあわせ、感じたい。ほんとの人生、生きたい。