「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

<ひーエッセイ 第43巻 ★★「アナログとデジタル」作成奮闘記★★>
発行日:'02/05/07(Tue)


 このエッセイはご存じの通り、私が感じたことや体験したことを、結構好き勝手に書き綴ったものである。
 「好き勝手」とは言うものの、重い話しと軽目の話しが偏らないように、適当に按分して配信しているつもりではある。何よりも、あまり重い話しばかり書いていると、私自身がしんどくなるからという理由もある。

 以前にもちらっと書いたことがあるのだけれど、私のパソコンの「マイドキュメント」内には、ネタボックスというものがある。私はそこに、エッセイのネタになりそうな出来事や言葉などを、思いついたり感じたりするたびに書き込んでいる。
 毎週それをにらみながら話をふくらませて、私はエッセイを書いているのだが、ふくらみそうでふくらまないテーマや、ふくらませにくいテーマというのも、もちろんある。そういうテーマを選んでしまった週は、パソコンの前で七転八倒してしまうことになる。

 だけど先週配信した「アナログとデジタル」作成にあたっては、七転八倒どころではない状態だった。とにかく配信直前まで、書くことすらできなかったのだから。
 今回は「番外編」として、「アナログとデジタル」作成奮闘記を克明(!)に綴ってみたいと思う。

 「アナログとデジタル」を配信する前の週の金曜日、実は広島訪問記を書こうと思っていたのだ。
 3月に、約20年ぶりに広島に行った。20年前にも訪れた原爆資料館や平和公園に再び足を運んだのだが、当時の私が広島の何を見ていたのかが、全く思い出せなかった。平和公園の広さにも、なぜか驚いてしまったのだ。
 この時の気持ちを書き綴ろうとしたのだが、話がふくらみそうでふくらまない。決め手も足りないような気がして、結局このテーマは次の機会に回そうと決めた。
 そして次に浮かんだのが、「アナログとデジタル」だった。

 私は、仕事には「アナログ的な仕事」と「デジタル的な仕事」の2種類があると感じていた。去年の夏頃から、このことについてずっと書きたいと考えていた。
 だけどだんだん、どんな仕事にだってアナログ的な部分とデジタル的な部分が共存していて、またそうでなければ、日々の仕事は流れていかないんじゃないか、という考えに変わってきた。
 もうこのネタでは書けないのかなと思い始めていた。

 そんな時に、電気店でワゴンに山積みにされている電卓を見た。どうして小学生に電卓を使わせるのだろうかという疑問が、自然に湧いてきた。世の中が進んでいる方向が何か違うんじゃないだろうかと思った瞬間に、このネタはまだ生きていると感じたのだ。

 それより前に、第37巻「ムネオ議員とトド社長」を読んだ方から、現在の政治に対する意見を綴ったメールをいただいた。お名前も性別も書かれていなかったのだが、とても真面目な方なのだということは、文章を読んでいてよくわかった。昨今の政治腐敗に対して、真剣に憂いを感じておられるのが、文面からひしひしと伝わってきた。

 この方の意見は、至極もっともな意見だと感じた。だけど私は、この方にどういうお返事を返せばいいのかが、わからなかった。とりあえず返信はしたものの、私自身が納得のいくお返事を書けなかったことが、ずっと気にかかっていたのだ。
 この「アナログとデジタル」を書き上げることで、少しだけだけれど、この方にお返事できたことになるのではないかと感じたのだ。
 こうして無事、金曜日中にテーマは決定した。

 翌土曜日。記憶をたどり、本を引っ張り出して、言葉や文章を書き連ね始めた。電卓のことはもちろん、フライパンのこと、駅の張り紙のこと、そして漫画のセリフ。

 ここまで揃えば、いつもなら何となく文章に成形していくことができる。だけどこの時は、なぜか文章が書けなかったのだ。どこから書いていってよいかがわからず、私の頭の中は真っ白になってしまっていた。

 考えが行き詰まった時に私が試す「打開法」のひとつは、オンラインゲームである。ショックウェーブのHPサイトに行き、お気に入りのゲームを一通りプレイする。ゲーム中に、いい考えがふっと浮かぶことがよくあるからだ。

 まずは「クッキー工場襲撃!」である。
 主人公のファットボーイにクッキーを食べさせながら工場内を前進し、クッキーを生産している建物にたどり着けば、クリアである。行く手をさえぎる守衛たちをげっぷ攻撃で倒し、番犬やクッキー生地カッティングマシン、煮立ったジャムの大桶などをよけながら、私は無心でファットボーイを動かす。

 その次は「ループ」にとりかかる。
 マウスで画面上に円(ループ)を描いて蝶をつかまえるというゲームだが、途中からたくさんの虫たちが登場し、がーがー、ぶんぶんとやたらうるさい。その攻撃をかわしながらゲームをしている私の体は、自然と左右に揺れていたりする。

 最後に「二角取り」にとりかかる。
 画面上の麻雀パイについて、法則に従って同じパイをペアにして裏返していき、すべてのパイを裏返すと面をクリアできるパズルゲームである。このゲームはルールが単純だし、敵が襲ってくるという類のゲームではないので、頭の中ではゲームとは全く関係ないことを考えながらプレイしていることが多い。

 今回も「二角取り」をプレイしながら、エッセイのことをぼんやり考えていた。でも浮かんでくるのは、リニューアルする予定のHPのアイデアや、銀行に両替しに行かなければならないとか、牛乳を買いに行かなければならないとか、とにかくエッセイとは全く関係のないことばかりである。
 心の中では、あせりの嵐が吹き荒れているのに。

 ゲーム中にアイデアが思いつかなければ、長風呂をする。
 本を持って風呂に入り、冬なら42度、夏なら40度くらいのお湯に胸の当たりまでつかる。そして風呂のふたを台代わりにして、汗が流れて心臓の鼓動が早くなるまで、本を読んで過ごすのである。その間、15分から20分くらい。その日の気温によっては、もっと時間がかかるときもある。
 窓も扉もぴったりと閉めた浴室は、もはやサウナ風呂状態である。

 本を読んではいるものの、湯気で気分はぼーっとし、頭の中は真空状態になる。会社勤めの頃は、やり忘れた仕事を思い出したり、行き詰まっていた仕事の打開策を思いつくこともよくあった。エッセイを書くことを思いついたのも、入浴中である。
 だけど今回は、持ち込んだ本がおもしろくて、エッセイどころではなかった。

 続く日曜日も全く同じ状態で、文章は全く書けなかった。少なくとも日曜日には、何らかの文章を書き始めていないと、翌日の配信が難しくなる。
 この時、メルマガ配信をお休みしようかと、真剣に考えていた。だけど配信を初めて以来、無断休載は1度だけ、それも去年の秋からは全く休んでいない。1周年が目前なのに、今休めば「女がすたる」と、やはり思い直した。
 ここらへんの感覚は、成績はいまひとつだけれど、無遅刻無欠席だけに命をかけている小学生と、さほど変わりない。

 そして月曜日。エッセイのことばかり考えながら1日を過ごし、あっという間に夜になった。スパゲティを150グラム(1.5人分)ゆでて、ミートソースをTシャツにとばしながら食べ終わったのが、午後9時頃。もう一刻の猶予もない。

 一番悩んでいたのは、文章の出だしだった。どのエピソードを「つかみ」として持ってこようかと、悪戦苦闘した。

 最初は「電卓」をつかみにしようかと考えた。エピソード的にはこれだけだと少し短いので、私が珠算教室に通っていたことも是非書き加えたいと思った。「平方根」の話もおもしろいかもしれないと思い、急遽追加したのは、配信数時間前である。
 だけどこんなことを書いていると、張り紙ネタが入る余地がなくなり、話がつながらなくなってくる。
 漫画のセリフをつかみにしようかとも考えた。だけどやはり、話がつながらない。
 いろいろな案をこねくり回した挙げ句、張り紙ネタがつかみの座を勝ち取ったのだ。

 ちなみに、平方根の値を確認するために「ひとなみにおごれや」というキーワードを使ってヤフーで検索してみた。思ったよりもたくさんのサイトがあるのに驚いた。はっと気が付くと、ヒットしたHPを真剣に読んでしまっている私がいた。
 脱線ばかりしているので、夜はどんどん更けていく。

 幸いなことに、「つかみ」が決まってからやっとエンジンがかかり始め、いろいろな言葉や思いが浮かんできた。悩んだ箇所もあったが、何とか書き上げることができた。
 だけど超スロースタートだったので、書き上げて配信が終わったのは午前3時過ぎだった。

 いろいろなテーマで今までエッセイを書いてきたけれど、今回は一番作成に苦労した。苦労はしたけれど、なかなか順序立てて話すことができないことを、文章にまとめることができたことは、とてもうれしかった。
 これからも心をとぎすまして、いろいろなことを書いていけたらなと思っている。