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<ひーエッセイ 第36巻 ★★あっちくんとたけちゃん★★>
発行日:'02/03/18(Mon)


 先日、第19巻「パラサイトたち」に登場した、K子ちゃんの家に招待され、泊まりがけで遊びに行った。私がバレンタインデーに贈ったチョコとお菓子のお礼というのが、招待名目である。
 彼女と私とは同い年で、私が最初に勤務したシステム会社に同期入社した間柄である。彼女は10年ほど前に結婚し、今はご主人と2人の子供と、兵庫県宝塚市に住んでいる。

 K子ちゃんは、とても頭がいい。教育大学を出て教員免状も持ってるし、超難解な情報処理1種の国家資格も取得している。現在パートで医療事務をこなしているが、既にベテランの域に達している。
 何事においても中途半端な私にとっては、彼女の頭のよさはあこがれである。そのうえ、天然ぼけの資質も兼ね備えているのだから、関西人としては非の打ち所がない。

 K子ちゃんと知り合ったシステム会社に初出勤した日、彼女は「f」というロゴが大きく描かれたバッグを携えていた。いわゆる「レノマ」のぱっちもの(偽物)だったのだが、初出勤で心臓がばくばくしている私に向かって、彼女はこう言った。
 「このバッグな、レノマとちゃうで。フノマやで」。

 K子ちゃんは仕事がよくできたので、入社1年目から大手システム会社に出向していた。その出向先で、彼女は生まれて初めて「マウス」(この頃はまだWindowsというものが世の中になかったので、コンピュータにマウスがついているというのは珍しかった)を見た。
 当然彼女は、マウスの動かし方や使い方がわからなかった。使い方を聞けばいいのに、彼女は出向先の担当者の前で、マウスを空中で動かしたのだ。
 担当者の爆笑をかい、彼女が出向先で伝説の女性になったのは、言うまでもない。

 K子ちゃんが私を招待してくれた日、ご主人は出張中だった。
 私が彼女の家に到着すると、K子ちゃんは「子供を保育所に迎えに行ってくるから、ちょっと留守番しといて。それから、鍋を火にかけとくから、火加減を見といてな」という言葉を残して、あっという間に出かけてしまった。
 招待客であるはずの私が、いきなり留守番係に変身である。

 K子ちゃんが子供を連れて帰ってきたのは、30分後。子供は2人とも男の子で、上が5歳のあっちくん、下は2歳のたけちゃんである。
 私が2人に会うのは、1年ぶりくらいである。

 最初に部屋に入ってきたのは、あっちくんだった。「こんばんは」と言った私に、あっちくんはこう言った。
「かあさん、こんばんは」。
 私は、ひっくり返りそうになった。

 K子ちゃんは、私のことを「おかあさん」と呼ぶ。私が中学時代の文化祭でお母さん役(主役です)を演じたことを、彼女に話したことがきっかけだったと思うのだが、はっきりしたいきさつは忘れてしまった。
 彼女は、自分の子供にまで私を「おかあさん」と呼ぶよう、訓練していたのだ。とんでもないやつである。

 次に、たけちゃんが入ってきた。「こんばんは」と言うと、たけちゃんはたどたどしいながらも「こんばんは」と言ってくれ、そのままおもちゃに突進していった。

 そうこうしているうちに、夕食の時間になった。
 泊まりに行くことが決まった後、彼女から「夕食は何がいい?」というメールが入った。
 私は「南仏風プロバンス料理をお願いします。くれぐれも、南仏プロバンス風おでんとか、南仏プロバンス風肉じゃがとか、そういうのはやめてください。突飛なアイデアを期待しています」とメールを返しておいた。
 結果、その日の食卓に並んだのは、彼女曰く「プロバンスふー鶏団子汁」であった。

 食事中、テレビには「ウルトラマンコスモス」のビデオが映し出されていた。
 あっちくんは、口を開けたまま、完全に箸を止めて、硬直状態でテレビを凝視している。私が横からおかずをとっても、気にするそぶりは見せない。
 一方たけちゃんは、テレビも見るけれど、ごはんの方が大事な様子だった。団子汁が用意できるまでの間、K子ちゃんは子供たちにもずくを与えたのだが、たけちゃんはまるで誰かに取られるのを恐れているように、必死になって食べていた。

 食事の後は、バスタイムである。留守番に続く私の仕事は、入浴介助である。K子ちゃんは私に、てきぱきと指示を出す。
「あっちくんのパジャマとパンツはこれ、風呂上がりに使うタオルはこっち。頭だけふいてやってくれたら、後は自分でパジャマを着るから。たけちゃんのパジャマとおむつはこれ。タオルはこれやで。体と頭をふいて、紙おむつして、パジャマを着せたってな」。

 子供もおらず、ましてや一人っ子だった私は、子供と遊ぶのには慣れているが、子供の世話はあまりしたことがない。こんな私をこき使うK子ちゃんは、「立ってる者は親でも使う」という言葉通りの人間である。
 彼女に言われるまま、私は風呂上がりの子供たちの頭と体を拭き、パジャマを着せた。
 だけど、たけちゃんのおむつあては難航した。実は、子供におむつをあてるというのは、この日初体験だったのだ。

 何回やり直しても、しっくりこない。たけちゃんはじっとしていてくれるわけではないので、余計にやりにくい。でもこのままだと、たけちゃんが風邪を引いても困ると思い、とにかくあてがったという状態で、風呂上がりの彼女にバトンタッチした。
 私があてたおむつの様子を見た彼女は、笑って言った。
「おかあさん、おむつ、反対やで。そりゃ、やりにくいわ。絵が描いてある方を、前にもってこなあかんで」。

 時間が経つにつれて慣れてきたのか、子供たちは次第に私にまとわりつきはじめた。トイレで用足しをしている所にまで、押し掛けてくる始末である。

 その夜、枕が代わったせいもあり、いつも寝付きのいい私が、なかなか寝付けなかった。私の横にはたけちゃんが、その横にはあっちくん、その横にK子ちゃんが寝ころんでいた。親子3人は、既に寝息をたてている。

 夜中、「がさがさ」という音がしたのでふと見ると、たけちゃんが起きあがっている。びっくりした私が「どうしたん?」と声をかけても、返事がない。トランス状態のように、ぼーっとしている。しばらくすると、たけちゃんはころりんと横になって、また寝入ってしまう。
 時には寝たままの状態で、たけちゃんは匍匐前進を始め、寝場所を転々と移動していく。
 たけちゃんが一晩中それを繰り返すので、私はほとんど眠ることができなかった。

 子供は寝相が悪くて、よく移動するという話を聞いてはいたけれど、眠った状態で部屋中を徘徊しているとは、思いもしなかった。

 翌朝、あっちくんとたけちゃんは、K子ちゃんに連れられて保育所に行った。あっちくんは、「保育所から帰ってきたら、また遊ぼうね」と言いながら、出かけていった。
 私は、寝不足の体を引きずるようにして、彼らが保育所から帰るまでに、おいとました。

 子育てに一番必要なのは、やはり体力だと痛感した。それに夜熟睡できないことは、私にとっては死ぬほどつらい。
 子育ては、修行でもあるなあと思った。

 その夜、あっちくんから電話がかかってきた。

「なんで、帰ったん?」
「ごめんなあ」
「昨日、泊まったやんか。だから、一緒に住めばいいのに」
「うーん、でもな、私にもおうちがあんねん。あっちくんにも、お父さんとお母さんがいるやろ。それと一緒やねん」
「お父さん、おらへんで」
「そんなことないで、もうすぐお仕事から帰ってきはるやんか」
「うん、わかった。また、遊びにきてね」
「うん、あっちくんも、たけちゃんと一緒に、遊びにおいで」
「うん」

 あっちくんが私に言ってくれた、「一緒に住めばいいのに」という言葉は、短い時間だったけれど、一生懸命彼らの世話をした私への、最大の賛辞の言葉だった。彼がそばにいたら、抱きしめてしまっていたかもしれない。前の晩、たけちゃんの徘徊で寝られなかったことなど、吹っ飛んでしまった。
 あっちくんの言葉で、パラサイトになってしまう親が出てくることが、何となくわかった気がした。

 幼い子供たちは、遊んでくれる人や世話をしてくれる人に、夢中ですがりつき、無条件に頼りながら育っていく。
 人間誰しも頼られると、悪い気はしない。

 それに、特に幼い子供たちは、まだ語彙力が充分ではないので、自分の知識をフル回転させて、気持ちを伝えようとする。
 彼らは、何となくしゃべるということはしない。いつも一生懸命にしゃべり、一生懸命に生きている。その一生懸命さが、大人の心の隙間を付くのだろう。

 親たちは、子供たちが放った言葉や、子供たちが親を無条件に頼ってくれた頃を、決して忘れない。
 でも子供の方は、忘れてしまう。忘れなければ、大人にはなれないから。
 子供が大人になっていくことを肯定できない人たちが、パラサイト的な親になっていくのかもしれないなと感じた。

 あっちくんとたけちゃんとのふれあいは、正直言って疲れたし、いらいらすることもあった。でも、それを忘れさせてくれるくらいの大切な何かを、彼らは私に思い出させてくれた。そして私を、ほっこりと癒してくれた。
 私はどんな幼女だったのだろうと、ふと思った。私も、誰かの心を、昔癒していたのだろうか。