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<ひーエッセイ 第28巻 ★★営業おやじ★★>
発行日:'02/01/22(Tue)


 昨年秋に仕事用のHPを立ち上げて、あちこちにDMを送って営業活動をしていたある日、ある会社からひょこっと問い合わせが入ってきた。メールでのやりとりを何度か続け、11月末にめでたく初受注となった。
 受注した仕事は、アクセスを使用しての受注管理システムの作成である。

 受注してから一番真剣に考えたのが、代金回収方法である。
 初めての取引なので、確実にお金はゲットしたい。そのため、代金引換便を使うことにした。

 会社勤めをしていたころ、代金引換便で届いた商品を受け入れしたことが何度もあったのだが、配達人はほぼ100%、Y運輸のお兄ちゃんだった。
 この代引便の分野では、Y社は圧倒的なシェアを誇っているらしい。通販関係のHPを検索しても、Y社以外の代引便を使っているところは皆無に等しかった。

 そんなわけで私もこのY社の代引便を利用しようと決め、Y社へ資料送付依頼のメールをうった。数日後に郵送されたきた資料には、連絡先の電話番号が記載されていた。
 早速そこに電話して話を聞き、一度来てもらうこととなった。しかし、私が電話をした営業所は、私の住んでいる地区の担当ではないとのことだった。
 話を聞いてくれたのは、明るくて気のよさそうなおっちゃんだった。

「管轄の担当者に、こっちから話をまわしときますわ」
「いつごろお電話いただけそうですかねえ?」
「今日中っていうのはもしかしたら無理かもしれまへんけど、必ずご連絡させてもらいます」

 このやりとりを交わしたのが、12月初旬の月曜日である。

 火曜、水曜と過ぎたけれど、いっこうに連絡が来ない。当初は12月中の納品を予定していたので、私は少々焦り始めた。
 木曜日、私は担当営業所に電話を入れてみた。電話に出てきたのは、事務の女性だった。

「今日はもう営業マンが出かけてしまっていますので、今日中のご連絡は無理かもしれません」
「そしたら、いつ頃いただけるんですかねえ?」
「さあ、はっきりとは申し上げられませんが、必ずご連絡させてもらいます」
「・・・はあ、そうですか・・・」

 私はどちらかというと、気が短い方である。
「さあ、はっきりとは申し上げられません」という言葉で、私の頭の中の血管は、ぷちっと音をたてた。

 その事務の女性が言ったとおり、その日は連絡はなかった。次の日も、何の連絡もない。ソフトは徐々にできあがってくる。
 待ちきれなくなった私は、次の週の月曜日の午前中、違う業者をHPで捜した。2件目に電話したN社は、てきぱきと応対してくれる営業マンが電話口に出てきてくれた。

「何でしたら、今日にでもお伺いしましょうか?」
「ほんとですか、ありがとうございます」
「夕方3時頃でもよろしいですか?」
「はい結構です。お待ちしてます」

 来てもらう約束を取り付けて、私はちょっと安心した。Y社からの連絡は、まだない。
 個人事業主だから後回しにされてるか、ほったらかしにされているんだろうと半ばあきらめ、Y社のことは私の頭から消えかけていた。

 午後になった。パソコンに向かいながらN社の人を待っていたら、2時ごろにインターホンが「ピンポーン」と鳴った。てっきりN社の人だと思い、「えらい早いなあ」とつぶやきながら受話器を取った。
 インターホンの向こうからは、何だかまぬけな声が聞こえてきた。

「Y社ですけど、コレクトサービス(Y社の代引便の名称)の説明に来ましたあ」

 私は危うく、受話器を落とすところだった。

 玄関のドアを開けた私の目に入ってきたのは、50歳は越えていそうな、ちっちゃくて丸っこいおやじさんの立ち姿であった。せかせかとして、落ち着きがないなというのが、第一印象だった。

 挨拶を交わしながら、そのおやじさんは重そうな鞄の中をごそごそとまさぐっている。出てきたものは、100枚くらいはあろうかと思われる、輪ゴムで止めた自分の名刺の束だった。
 その束から名刺を1枚引っ張り出して、私に差し出したのだ。

 私は、中小企業での営業事務歴が10年以上ある。けったいな営業マンを見る機会は、いくらでもあった。
 名刺入れを持っていない人もいたし、いつ聞いても「名刺、切らしてんねん」と言って、名刺をくれたことがない人もいた。
 だけど、名刺を輪ゴムで止めているだけではなく、恥ずかし気もなく、それを堂々と客に見せる営業マンを見たのは、初めてだった。

 この「輪ゴム止め名刺」を見た瞬間に、私は理解した。「この営業おやじ、絶対自分の言いたいことだけしゃべり倒す人やな」と。
 こういう予想は、私ははずしたことがない。仕事で身に付いた「特技」のようなものである。
 そして同時に、「さあ、はっきりとは申し上げられません」と言った女性の言葉の裏側も、理解ができた。

 予想通り、このおやじさんは、その場で私にカタログをどんどん渡し、どんどんしゃべり始めた。しかも、でかい声である。
 せっかく来てもらったし、何より寒いので、とりあえず玄関まで入ってもらおうと思うのだが、その言葉を挟む隙さえも私に与えてくれない。
 私が言葉を挟むことができたのは、約10分後くらいである。冷たい風がぴゅんぴゅんと吹き抜ける中での「説明拝聴」は、寒くて体が凍えそうだった。

「連絡いただいてから、来てくれはったらよかったのに。おらへんかったら無駄足やったでしょ」
「いや、連絡して行かれへんかったらあかんし、直接来ましてん。(私が)急いでおられたみたいやし」

 営業活動で一番大事なことは、とにかく、何らかの連絡を速やかに客に入れることだと、私は考えている。
 だけどこの営業おやじの言葉には、私という客の存在がない。あくまでも、自分が中心である。
 お客がいてこそ、仕事が発生するということを、このおやじさんは、まったく理解していない。

 何度も言うが、私は気が短い方である。この時点で、私の頭の中の血管は、破裂寸前だった。

 私はとりあえず、おやじさんを玄関に招き入れ、説明を一通り聞き、契約申込書に記入した。N社の人には、申し訳ないなと思いつつ。
 記入しながら、私はつい、余計なことを言ってしまった。

「連絡を全然くれはらへんから、N社さんにも連絡したんです。今日、もうじき、来はりますわ」

 この言葉を聞いたおやじさんは、一気に噴火してしまった。
 彼は、Y社と他の業者との違いをとうとうと述べ始め、自社のシステムの良さをアピールしまくった。そして最後に、こう言った。

「契約書を作成せんといけませんので、すぐに(代引便を)利用できるっていうわけではありません。急いだはるんでしたら、N社さんとも契約しはったらどうですか」

 かっかしていた私の頭は、この言葉で、急速に冷えていった。
 外見にごまかされて、私はこのおやじさんを「大人」だと思いこんでいた。でも違った。彼は、大人のなりをした、子供だったのだ。
 自分を中心に世界が回っていると考えている、大人子供を相手に言い争っても、不毛である。自分が疲れるだけである。

「代引便の契約は、Y社と締結するのであって、このおやじと締結するんじゃない」と心の中で割り切り、その後は落ち着いた応対ができた。
「N社さんとも契約したらどうですか」という言葉を、彼は帰るまでにしつこいくらい何回も、私に投げかけていた。

 次の日、営業おやじから電話がかかってきた。

「N社さん、来はりましたか?」
「はい」
「どうでしたか?」
「そうですねえ、仕組みとかは同じですね」
「それでどないしましょ、話すすめてもよろしいか?」
「・・・昨日、申込書を書いて『お願いします』と、言ったと思うんですけど」

 受注したソフトは、追加事項や客先の都合もあって、今月中に納入予定である。営業おやじからの連絡は、あれから、いっこうにない。
 電話で督促しようかとも思うが、何だか意地でも私から連絡したくない気分である。
 このままおやじから連絡がなければ、郵便の代引便で出荷するつもりである。

 高飛車な態度に出る、営業おやじ。でも、その営業おやじが所属する組織にすがらざるを得ない、現実。
 何だかちょっと、自分が哀れに感じてしまった出来事だった。