「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

<ひーエッセイ 第27巻 ★★おなかいっぱいの欲望★★>
発行日:'02/01/15(Tue)


 お正月三が日が過ぎたある日、私はJR大阪駅前に去年オープンした「ヨドバシカメラ」へ探検に出かけた。
 ここには昔、JR西日本のレトロな本社ビルがあった。そのビルは、JRが近くに本社ビルを新築して移転したので解体され、その後にはしばらく、ばかでかい室内ゴルフ場が建っていた。

 だいたい駅前に、ゴルフ打ちっ放しがあるというのが、大阪らしい。ちなみに、JRの線路を挟んだ反対側にあるファッションビルの屋上には、観覧車があるのだ。
 大阪という町は、ほんまに、「何でもあり」である。

 それはともかく、オープン初日にはニュース番組でも放送された「ヨドバシカメラ」、是非一度見学に行かなければ(特に義務はないのだが)と、かねがね思っていたのである。
 私はブティックをうろついて洋服を見るよりも、雑貨屋や本屋、食料品売場をうろつく方が好きな人間である。電気屋徘徊も好きで、この間は冷蔵庫売場へ行って、「今の冷蔵庫、かっこええなあ」と、扉を開け閉めして1人で喜んでいた。

 ビル自体は8階建てくらいで、ヨドバシカメラは1〜4階まで入っている。
 お正月ということもあって、店内には人がうようよしていた。まるで人があちらこちらから湧いてくるような感じで、あまりの熱気に私は酔っぱらってしまったくらいだ。

 建物自体が大きいのであたりまえなのだが、フロアの広さにまず驚いた。1フロアをきょろきょろしながら一周するだけでも、結構疲れた。「なんで、電気屋がこんなに広いねんな」と、ぶつくさ独り言を言いながら歩いていた。
 その広いフロアに、電化製品を始めとしてカメラ、時計、文房具までがわんさか置かれている。商品の種類も多い。在庫も山積みされていた。
 スーパーでよく見るショッピングカートが置いてあるのにも、驚いた。

 ヨドバシカメラは、関東系の電気量販店である。表示されている価格が、ベスト価格。値引きは一切なしである。
 だからカートが存在し、スーパーマーケットのような販売形態が可能なのだろう。

 それに引き替え、関西系の電気量販店で表示されている価格は、あくまで「目安価格」である。
 客は、その価格からどうにかして値引きしてもらおうと、「なんぼ、まけて(値引きして)くれんの?」という言葉を皮切りに、店員と掛け合う。いくら値引きしてもらえるかは、客次第。値引き幅をどれだけ小さく押さえ、かつ客に満足してもらうかは、店員の腕次第である。
 その駆け引きによって、今後その客がリピーターとなってくれるかどうかが、決まるのだ。

 私も以前、電子レンジと洗濯機をいっしょに買ったとき、「これとこれがほしいんやけどなあ・・・でも2つ買ったら高いしなあ・・・どないしようかなあ・・・」と、店員の前でうろうろする作戦を採った。
 根負けした店員さんは、消費税分を値引きしてくれたうえに、1000円以下の端数をカットしてくれた。まあまあの戦果であった。

 2時間ほど店内を探検し、「こんなにたくさんの種類の商品を見せてもらわなくてもいい、私は地元の量販店で十分間に合う」と思いながら、へとへとになって帰りの電車に乗り込んだ。
 優先座席のすみっこにへたりこみ、「ああ、しんどかった」と心の中でつぶやきながら、ふとこう思ったのだ。
 今の不景気の原因って、みんながお腹一杯だからじゃないかなって。

 今、世の中は不景気だと言われている。特に大阪の状態は、ひどい。
 大阪は商売の町でもあるけれど、物作りをしている中小零細企業が非常に多い町でもあるのだ。大阪府内のあちこちには、「〜工業団地」と呼ばれる地帯がたくさんある。

 不景気だからという理由で、人件費の安い中国などへ、大手企業は生産拠点をどんどん移している。大阪は、この影響をもろに受けている。
 この不景気にもかかわらず、売り上げを伸ばし続けているという大企業の陰には、ひっそりと倒産していく下請け企業がたくさんあるのだ。

 物がそんなになかった時代、人はたくさん夢を見ていた。ほしい物も、たくさんあった。「こうなればもっと便利なのに」という素朴な欲求も、たくさんあった。
 未来に託す夢が、人には昔たくさんあったのだ。

 以前は、未来への夢をかなえるために、お金は回っていた。お金が回っていたから、景気がよかったのだ。
 その頂点が、バブル時代だった。

 昔夢見た未来が現実となり、人の欲望は飽和状態になった。今の時点では、人は未来が夢見られなくなってしまった。
 欲望がお腹一杯な人たちが多くなってしまったのだ。

 お腹一杯だと、とても満足した気持ちになる。そして眠くなる。頭もぼーっとして、回転が鈍くなる。
 だけど今は、そんな状態でもなお食べてもらうために、別腹を無理矢理作ってもらっている時期なのかもしれない。

 人の欲望がお腹一杯な状態の今、お腹を減らしてもらうための運動器具、すなわち「有益な付加価値」を作り出すのは難しい。
 今まで何度も、不景気の時代はあったけれど、未来に対する夢があったし欲望もあった。でも今は、それが飽和状態なのだ。不景気の種類が、明らかに違うのだ。
 それなのに、過去の成功例にしがみついて、時代錯誤な方法を未だに繰り返す人たちがいるから、ややこしくなっているのだ。いい例が、地方博である。

 30年以上前に大成功した大阪万博は、そこに行かなければ体験できないことや、見られない物がたくさんあった。未来への夢が詰まっていた博覧会だったのだ。付加価値など、考える必要はなかった。
 博覧会そのものが、夢だったのだ。
 それに、特に会場近隣に住む人たちは、何度も足を運んでいた。いわゆるリピーターも多かったのだ。

 でも今は、インターネットで地球の裏側のことまで瞬時にわかる。情報もあっという間に広がる。会場に行かなければ経験できない、いわゆる付加価値をつけなければ、もう人は来ない。
 だけど大阪万博の成功を知っている人たちは、昔ながらの地方博に夢をつなげてしまう。そしてほとんど、失敗している。

 最近大阪には、関東系の電気量販店がどんどん進出してきている。ヨドバシカメラもそうだし、大阪ミナミには、ビックカメラもオープンした。戦々恐々としている関西系は、いろいろと作戦を練っているようだ。
 最初からベスト価格を出して絶対値引きしない関東系と、表示価格からいかに値引きをしてくれるかで決まる関西系。大阪は今、2通りの店のスタイルが選べる。
 JR大阪駅の南側には、百貨店が3つ(阪急、阪神、大丸)ある。つい最近、ヨドバシカメラの向かい側に三越百貨店が進出してくることが決定した。

 選択肢が増えるということも、付加価値のひとつだと思う。
 今までは、どれを選んでも同じという状態だった。みんながみんな同じ流行を追いかけ、同じ方向になびき、結局どこに行っても、何を見ても変化がなかった。
 選択肢がたくさんあるようで、実は少ししかなかったのだ。

 客に個性があるように、店や商品にだって個性があっていいはずだ。その個性のぶつかり合いで、淘汰され、回転していく。
 どれを選んでも同じという状態から脱しないと、現状にみんな満足してしまって運動しない。運動しないからお腹が減らない。

 有益な付加価値をたくさん選択できるようになれば、人は動き始める。動けばお腹も減る。お腹が減れば、欲望も復活する。
 付加価値が増えれば増えるほど、選択の目も鋭くなり、夢や希望もより高度になる。景気だけではなく時代さえも前進する。

 常にお腹一杯だと、人って前進できないんだ。
 腹八分目の状態で高い望みを持つことが、人や景気や時代を前進させるんだ。