「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

<ひーエッセイ 第25巻 ★★風は海から★★>
発行日:'01/12/24(Mon)


 今年ほど、「風」というものを身近に感じた年は、なかったような気がする。

 今年6月に、8年半勤務した会社を退職した。そこに至るまでには、本当にいろいろなことがあった(詳細は、第8巻から11巻までの「私が会社をやめたわけ」シリーズをお読み下さい)。

 自分の直属の上司が、私の目の前の自席で背任行為をしているという事実を、社長に報告せずに黙っていれば、私はきっと今でも毎日会社へ出勤し、少ないながらも毎月給料をもらい、何となく忙しい日々を過ごしていただろう。

 だけどあの時の私は、自分の心の中にもやもやと立ちこめていた雲や、私の回りでうごめく暗雲を、どうにかして取っ払ってしまいたかった。そうするためには、私自身が「大きな風」を起こさなければならなかったのだ。

 よその事業部の人と電話で話すだけで「背任者」呼ばわりされた時点で退職していれば、きっと一番楽だっただろう。だけど自分が悪いことをしていたわけでもないのに、自分から退職するなんて馬鹿げているし、納得ができなかった。
 それに雲の外からは、たくさんの人の応援や励ましの声が聞こえてきていた。逃げ出す事なんてできなかった。乱気流の中に入ってしまった飛行機のように、私はのたうちまわっていた。

 私の起こした風は、社長を始めいろいろな人の心の中を吹き抜けていった。上司が起こした風とは真っ向からぶつかって、火花も散った。
 だけど社長は、上司の雲の様子だけを見ていた。私にまとわりつく雲は、社長に見向きもされなかった。

 私の風は、傷つきぼろぼろになって、私の元に帰ってきた。その風を携えて、私は退職した。

 退職してからの1ヶ月ほどは、本当に日々の流れがゆったりとしていた。退職するときに携えていた風と、友人たちの柔らかな風に包まれて、私の心にたちこめた雲は、ゆっくりと消えていった。
 こんな穏やかな日々を自分が過ごしていることが、信じられなかった。そして、時間が過ぎてゆくことのありがたさをかみしめていた。

 勤務していた事務所は、窓を開けることができなかった。ドアはひとつだけで、ビルの玄関のすぐ横なので、開け放しておくこともできなかった。当然風の流れが悪く、事務所内の空気はいつもどんよりしていた。
 退職してしばらくは、窓を開けて家の中を風が通り抜けていくのを感じるのが日課となった。

 何度か転職はしたけれど、社会人になってからこんなに長期間家にいることは初めてだった。だから、風に乗って聞こえてくる近所の様々な音も、最初は物珍しかった。

 隣のおばさんが、命がけで植木の手入れをしている音がする。裏のおばさんは、毎日毎日けたたましい音をたてて洗濯をしている。
 定期的にやってくるゴミ回収のトラックが走り去る音。生協や石油販売のトラックは、ミュージック付きである。しばらくすると、私も歌えるようになってしまった。

 日々の生活サイクルも変化した。例えば洗濯である。
 早起きできない私は、それまで洗濯は夜にしていた。夜に雨が降っていたら、洗濯をあきらめていた。次の日の朝、太陽が昇り、抜けるような青空が広がると、どれだけ悔しかったか。

 だけど退職してからは、朝洗濯して外に干すことができるようになった。洗濯物が暖かい内に取り込むことができるし、にわか雨が降っても大丈夫。
 干した洗濯物が太陽の光に当たってきらきら光り、風に吹かれてゆらゆら揺れる。それを見ているだけで、幸せを感じた。

 社会人になってからも、仕事をしながらでもできそうな習い事や通信教育などを、いろいろ試してはいた。始めるきっかけはいつも、「このままじゃいけない、何かしなきゃ」という焦りのような気持ちからだった。
 けれど、終業時間などあってないような職場ばかりだったので、日々の慌ただしさに流され、一つとして満足に続けられたことはなかった。

 私の心の中に立ちこめた雲が消えた頃、私は「今なら始められそうな仕事以外の事」を、心の中に吹く自然な風に身を任せて、自然な気持ちでたぐり寄せた。たぐり寄せた答えの一つが、このメルマガ発行だった。

 以前から何か書きたいという欲望はあった。だけど、機会やきっかけ、そしてじっくり考えて書く時間がつかめなかったのだ。それにメルマガを発行するにしても、いったい何を書けばいいのだろうと思っていた。

 でもこのときには、本当に自然に答えが出たのだ。私自身のことを書こうと。飾らずに、気負わずに、焦らずに。

 私が好きな曲の中に「風は海から」という歌がある。歌っているのは、岡村孝子さんという歌手だ。
 彼女はその昔「あみん」というグループで活動していた人で、「待つわ」という曲を大ヒットさせたこともある。その後ソロに転向し、来年デビュー20周年を迎えるシンガーソングライターだ。

 現在は子育て優先の生活なので、表だった活動はしておられないが、じっくり時間をかけて曲作りをし、こつこつとレコーディングを重ね、不定期にシングルやアルバムをひょこっと世に出す。
 ちなみに彼女のご主人は、プロ野球選手の石井浩郎さんである。

 この「風は海から」という曲は、彼女のソロ・デビュー曲である。この曲の中で、彼女はこう歌う。
「風は海から 海へと帰るもの」と。

 人の心の中では、風は等しく吹いていると思う。その風を止めることはできない。
 人は普段、風に寄り添うように生きているので、自分の心の中に風が吹いているなんてことは意識しない。風を感じることもない。

 でも人と人とが接することで、心の風は大きく変化し、表に現れる。相手が巻き起こす風もあるし、自分自身が風を巻き起こす時もある。
 風の強さも、ハリケーンや台風のような強風、草花が揺れるような弱風、風鈴が静かに揺れるような微風。様々だ。

 風の方向や強さによって、雲の流れも変わる。太陽の当たり具合も変わる。そして、見えてくるものも違ってくる。

 私が去年から今年にかけて巻き込まれた風は、大きな大きな風だった。それもねたみや憎しみが元になり、人間としてのプライドが微塵も感じられない風だった。
 私は私らしくありたいと願っていたのに、その風は私を認めてはくれなかった。

 流されそうになった。もうどうにでもなれと、投げやりな気持ちにもなった。
 でもやはり、私は私らしくありたいと思い、勇気を振り絞って私も大きな風をおこした。だけど風は結局、戻るべき所へ戻っていった。
 非力な私が手を尽くしたところで、なるようにしかならなかったのだ。それが、会社という組織の限界なのだ。

 だけど、風をおこそうと思ったのは、まぎれもなく私自身だった。
 孝子さんが言うように、風は海から海へと帰るものなのかもしれない。それでも私は、強くありたいと思った。
 それが私の、たったひとつの、プライドだったからだ。

 あの時自分のプライドを捨てていたら、きっと今のような心の状態にはなっていなかっただろう。

 私の心に戻ってきたのは、ずたずたでぼろぼろにはなったけれど、穏やかに変化した微風だった。その微風が、私の心を穏やかにしてくれた。
 立ちこめたいた雲を取り除き、私に様々なことを気付かせてくれたのだ。

 退職してから早や半年。最初の頃は穏やかだったものの、今思えばあっという間に過ぎた感じがする。
 去年の今頃とは比較にならないくらい、今私の心は穏やかだ。

 私は今年、新たな一歩を踏み出した。また同じような激しい風が吹き荒れることがあるかもしれない。
 でもその時も、海から来た風が再び海へ帰るたびに、私は強くしなやかな気持ちで、その風を見送りたいと思う。