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<ひーエッセイ 第15巻 ★★悪循環な人たち★★>
発行日:'01/10/15(Mon)


 私の従姉の子供であるTちゃん(32歳・男・未婚)が、家を出たいと悩んでいる。

 彼は大学卒業後、東京で就職した。コンピュータ関係の仕事につき、毎日忙しい日々を過ごしていた。
 だけど2年前、その会社をやめて大阪の実家に戻って来た。

 彼のお母さん(私から見ると従姉)が膵臓ガンになり、余命幾ばくもないと宣告されたのがきっかけだった。
 お母さんの看病が必要になったことと、Tちゃんのお父さんが会社経営をしているので、帰ってきてそれを継いでほしいという両親の願いに添ったものだった。

 せっかくおもしろくなり始めていた仕事をやめて、実家に戻るというのは彼にとってはつらいことだっただろう。会社からもかなり慰留されたらしい。
 偉いなあと感心した反面、私は「Tちゃん、大丈夫かな?」という一抹の不安は抱いていた。世帯主が同じ家に2人いるようなものなので、いずれぶつかりあうんじゃないかと、私はひそかに心配していたのだ。

 それからしばらくして、従姉は亡くなった。後に残されたのは、TちゃんとTちゃんのお父さん、そしてTちゃんの弟の3人の男たちだった。だけどTちゃんの弟は身障者で、普段は施設に入っている。
 だから実際には、男親とその長男が同居することになったのである。

 Tちゃんのお父さんはなかなか頑固な人で、自分の生活スタイルや生き方にかなり固執している。回りの状況が変化し、それまでのような生活スタイルが貫けなくなっても、それまでの生活を頑なに求める。

 そして、常に自分が全ての中心でいたがるのである。自分が中心でいられなければ、機嫌が悪くなる。
 以前自分を頼ってくれていた若い親戚たちも30代前後になり、それぞれ家庭を持った。だけどTちゃんのお父さんは、相手の都合とかをあまり考えず、自分の家に呼びたがる。そして酒を飲み、酔った勢いで、集まった若い子たちに、昔とまったく変わらない説教をするのである。

 彼らにとっては「余計なお世話」的な説教である。遊びに来いと一方的に言われ、時間のやりくりをして訪問したのに説教されたのでは、当然気分がいいものではない。それに昔とは違い、それぞれにパートナーがいる。
 気軽に訪問できる雰囲気ではないので、彼らの足は次第に遠のいていく。そしてTちゃんのお父さんの機嫌は、また悪くなる。

 このぐちを聞かされて、どこかで見聞きした話しだなと感じた。そうだ、私が3番目に勤務した会社の社長がこんな人だった。

 この社長も自分のやり方を貫き、回りの人間を振り回していた。外面は異常にいいが、社内に戻ると豹変する。自分の気にくわない社員の行動には、「貴様、何を考えているんだ!」と怒鳴り倒し、徹底的に罵倒していた。時には社員に暴力をふるうこともあったし、物を投げるときもあった。
 社員は居着かずどんどんやめていくので、しょっちゅう求人広告を出していた。でも、1年勤める社員はまれだった。
 とにかく、自分が中心となり、回りには自分の崇拝者をはべらせておかないと気が済まない人だったのだ。

 私の友人の会社の社長も、似たところがある。
 とにかく自分が全面に出ていなければ気が済まない。従業員が反対意見を唱えると、「俺の言うことが聞けないのか!」という言葉とともに、すべてねじ曲げてしまう。週に1〜2度「会議」や「ミーティング」という名の下に社員を自分の回りに集めて、独演会を開催する。見栄っ張りで気が小さく、自分が大将であるということを常に誇示しようとする。

 時代はどんどん変わっていくのに、新しいことを覚えようとしない。「新しいことは、誰かが勉強して自分に教えてくれる」と思いこんでいるらしい。
 だけど頼まれもしないので、誰も教えようとはしない。会議以外で、社長の独演会を拝聴する気もないので、誰も近寄らない。

 社員のこういう態度が気にくわないこの社長も、暴れる。
 社員にかかってきた問い合わせの電話に自分が応対し、米粒ほどの問題をアドバルーンくらいまで大きくして、あちこちに吹聴し1人で騒いでいる。
 興ざめする社員は、余計に社長に近づかなくなる。

 3人に共通することは、自己中心世界への異常な固執と、かたくなな心。そして、自分だけの力で会社や家庭をもりたててきたんだという、強烈すぎる自負。
 頑固さというのは、すごく大事なことだと思う。それが個性にもなるし、生き方として認められる場合もある。
 だけど、あまりに固執しすぎると自分の回りから大切な人が離れていき、結局自分らしい生き方はできない。

 頑固さにこだわるためには、他人の協力が不可欠だもの。

 そして救いがないのは、3人とも自分が悪循環にはまっていることを理解していないことだ。かろうじて理解はしていても、自分自身が原因とは思っていない。
 なぜなら、基本的に自分が悪いとは思ってないから。あいつが悪い、こいつが悪いと、何でも人のせいにしているから。

 人から持ち上げられる生活にすっかりなじんでしまい、自分がいなければ会社や家庭は回らないと思いこむ。実際に回しているのは部下や家族なのに、その人たちへの配慮が欠けていく。
 自分が人に依存することでしか生きられない人間になってしまっているということに、気が付いていない。
 そして結局、大切な人たちがどんどん自分から離れていく。

 こういう話しを見聞きするたびに、柔軟でしなやかな心を持たないといけないと痛切に思う。そうでないと誰からも相手にされなくなる。そして最後には、自分自身が壊れてしまう。
 でも今こんなことを書いてはいても、将来私がこの3人のような、固執しすぎる人間にならないとは限らないのだ。それが怖い。

 Tちゃんも社会人になって、約10年。30歳を越えた大人になった。
 親のコネを利用せず自力で職をつかみ、知人も誰もいない東京で仕事をし、実績を積み上げていた。
 当然考え方もしっかりしてくるし、彼なりの将来のビジョンも持っていた。

 父親と数年離れて暮らす中で大人になったTちゃん。再び親と同居するようになって、次第に彼は父親の言動の矛盾が目につき始める。

 Tちゃんのお父さんは、Tちゃんによく「早く結婚しろ」と言う。「結婚して、この家の面倒を見てもらわんといかん」と。
 彼はそれに対して憤る。Tちゃんと結婚する人は、Tちゃんの奥さんになるのであって、家と結婚するのではないと。

 彼の弟のこともそうだ。Tちゃんの両親は、彼の弟が障害者だということを、長い間認めようとはしなかった。認めることで解決しただろう問題が、将来はTちゃんの肩にのしかかってくるのは目に見えている。

 だけどTちゃんのお父さんは、頑なにTちゃんの変化、そして状況の変化を認めようとしない。Tちゃんは自分の子供だけれど、同時に人格を持った1人の男性でもあるとは、思っていない。自分の思い通りに動いてくれる「所有物」であるという扱いしかしていないのだ。

 Tちゃんのお父さんの将来のビジョンは、こうである。
「Tちゃんを自分の思うとおりに動かし、Tちゃんが結婚したときにも当然同居して、Tちゃんの嫁に自分の面倒を見てもらおう。当然、Tちゃんの弟の面倒も」。

 Tちゃんのお父さんは、きっと寂しいんだと思う。先に書いた2人の社長も、結局は寂しがり屋なのだと思う。
 ある程度の年齢に達してからの、世の中のスピードアップや、大切な人が突然そばにいなくなるというような急激な変化に対応することは、とてもしんどいと思う。慣れるまでには、時間もかかる。

 でもたとえ対応はできなくても、時間に寄り添う試みくらいはしてほしい。そうでないと苦しむのは、回りの人間である。回りの人にも生活がある。自分だけの「お手伝いさん」ではいてくれない。
 それに、自分たちがはまっている悪循環からも抜け出せない。

 だけど・・・悪循環にはまっていると認識していない人たちには、回りがどう言っても、わかってはもらえないんだよなあ・・・。

 私は会社をやめることで、こういう人たちから逃げられた。でも、彼は親だから簡単に逃げることができないのだ。

 先日、従姉の三回忌が終わった。彼は本格的に、一人暮らしのための部屋を探し始めている。もちろん、父親には内緒である。
 2人の関係は、これからいったい、どうなるのだろうか。