「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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目からうろこがぼとりと落ちる
     ★★ひーエッセイ★★     2005年4月10日(日)発行
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第113巻 「そこらへんのおばちゃん」
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 2月17日付けの新聞に、「熟年離婚事情」というコラム記事が掲載されていた。その中で、離婚カウンセラー(すごい肩書きだ)の岡野あつこさんという方がこんなことをおっしゃっている。

============================ここから引用==============================
「この世代の女性に特徴的なのは、口をそろえて『ヘルパー2級の資格を取る』と言うこと。社会は甘くないのに、世間を渡っていけると思っている人がすごく多い」
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2005/02/17/20050217dde012100010000c.html より(注:現在はこの記事は参照できません)
============================引用ここまで==============================

 私が介護保険事業所におじゃましてのデータ入力作業を始めたのは、1年以上前のことからである。
 介護保険事業所というのは、介護保険を使った様々なサービスを提供する所である。詳細は書ききれないので省略するが、介護保険事業所には「施設サービス」と呼ばれる老人保健施設等に入所している方のためのサービスを提供している所と、「居宅サービス」と呼ばれる施設以外で生活しておられる方のためのサービスを提供している所と、大きく分けて2種類がある。
 事業所の規模や形態は様々。この2種類を両方提供している事業所もあるが、私が訪問しているのは居宅サービスのみを行っている事業所である。

 事業所が行うサービス料金のうちの1割を利用者が負担する。残り9割を受け取るために、事業所は毎月10日までに前月分の料金の請求処理を行わなければならない。
 私の仕事は、その請求に必要なデータを専用ソフトを使用して入力することである。

 この入力作業の責任者であるAさんから指示された事業所を毎月訪問するのだが、最初はずいぶん緊張した。事業所の雰囲気に徐々に慣れ始めたのは、1年近く経過した頃だ。
 事務所内はほぼ全員女性なので、同じ事業所に毎月訪問していると、親しく声を掛けて頂ける時もある。

 介護保険事業所のサービスを受けるためには、介護認定を取得してケアプランというものを作成しなければならない。利用者がどんなサービスを必要としているかを把握し、介護認定度に応じたケアプランを立案するのが、「ケアプランナー」「ケアマネージャー」と呼ばれる人である。

 決定したケアプランに沿って実際に作業を行うのが、「介護ヘルパー(以降は「ヘルパー」と略して表記します)」と呼ばれる人である。比較的年齢制限が高めの求人が多いこともあって、特に40代後半から50代くらいの女性に人気がある職業である。
 ヘルパーとして就業するための最低条件が「介護ヘルパー2級資格取得者」である場合が非常に多いため、資格取得のために勉強をしている方が非常に多いらしい。

 ヘルパー業務の中には、掃除や料理といった主婦の経験が生きるようなものもある。定年退職後の第二の人生としてヘルパーを始められる男性や、一生の仕事として選択する若い人もおられるが、ヘルパーさんの年齢層は圧倒的に50代以上、それも子育て業務を終了した専業主婦出身のおばちゃんが多いのだ。

 数ヶ月前、私がとある事業所でいつものように作業をしていると、ヘルパーさんたちを束ねている責任者の女性のBさんが大騒ぎし始めた。

「なんで? 先月『あかん』って言うたばっかりやん。注意したすぐ後も行ってたん? なんで断らへんの? どうしても断られへんのやったら、なんですぐ私に言わへんの? なんで黙ってたん? 信じられへんわ」

 普段からとにかくにぎやかで笑いが絶えないこの事業所。すわ事件発覚である。
 手を動かしながら、私は耳をダンボのように大きくさせた。

 この前月、あるヘルパーさんが利用者Cさんと一緒に喫茶店でコーヒーを飲んだことが発覚した。
 決められたケアプランを決められた時間帯に行うことが、ヘルパーの基本である。ヘルパーが手を出せることと出せないことも厳格に決められている。
 利用者にとっては融通が利きにくいという欠点はあるのだが、そのようにしなければ作業に区切りが付かないし、ケアプランを立案する意味がなくなってしまう。

 業務時間内に、その事業所の作業服を着用したままで、コーヒー代は利用者さんのおごりである。
 明らかに、ヘルパーとしての業務違反である。

 その問題の利用者Cさんは男性で、どのヘルパーさんに対しても「喫茶店に行こう」と誘うらしい。見栄っ張りなのか、ヘルパーさんへの感謝の気持ちなのかはわからないが、ヘルパーとしてはそのお誘いは断らなければならない。だがその誘いを断り切れず、お付き合いしてしまったのだという。
 私服ならまだしも、ヘルパーの作業服には事業所名がはっきりと記載されている。入るのは、決まった地元の喫茶店。それも、大して広くはない町の。

「あの事業所は、利用者とお茶を飲むのが仕事なんか」等のよくない噂はすぐに広がる。事業所としての信頼を損ね、評判を落とすことにもつながってしまう。
 それでBさんは、ミーティングの席でヘルパーさん全員に強く注意したらしいのである。

 だが、その注意の直後に複数のヘルパーさんが再びCさんと喫茶店に行っていたことが、この日発覚したのだった。きっかけはふとしたことだったらしいのだが、それまでにBさんに報告した人は誰一人いなかった。

 興奮しながらもBさんは、喫茶店に行ったらしい人たちをひとりひとり呼び出し、事実関係を確認し始めた。すると容疑者全員がその事実を認めたのだが、まず最初に素直に謝罪する人は、やはり誰一人いなかった。

「報告せなあかんけど、どうしたらええんやろうって悩んでたんですぅ」
「どうしたらええかわからへんから、みんなで相談してたんですぅ」
「注意を受けたのは覚えてたんですけどぉ、1回くらいやったらええかなって思ってたんですぅ」
「先にさっさと(Cさんが)店に入って行かはるんで、断り切れなかったんですぅ」

 あまりにも幼稚な言い訳を並び立てるヘルパーさんたちにBさんが怒りを爆発させると、「すみませんでした、以後気を付けますっ」と半ば投げやりな言葉で謝罪した人もいた。

 そんな低レベルなやりとりを否応なく1日中聞かされてしまった私は、Bさんの「情けない。信頼されてないんかなぁ」というつぶやきに心底同情するとともに、ヘルパーおばちゃん軍団の言葉にもやもやしたものを覚えた。

 Bさんとヘルパーさんたちの間には、大きな壁がある。
 Bさんとヘルパーさんたちを隔てているものは、いったい何だろう。

 その翌日は、入力作業の責任者であるAさんとの別事業所での作業だった。事業所に向かう道すがら、私はAさんに前日の出来事をかいつまんでお話しした。
 私の話を黙って聞いていたAさんは、「どこの事業所でもよくあることなんですよね〜」とつぶやき、こうおっしゃった。

「それが、そこらへんのおばちゃんか、そうでない女性かの分かれ目なんですよね」と。

「そこらへんのおばちゃん」か。
 Aさんのこの言葉に、私はものすごく納得してしまった。

 喫茶店に行ったヘルパーさんたちにもCさんにも、全く悪気はないのだ。ただ、自分の行為が様々な人に迷惑を掛け、時には取り返しの付かない事態を招く可能性があるのだという自覚がないことが問題なのだ。
 しかし実際問題、利用者であるCさんにそこまでの自覚を求めることは無理なことだ。だから、ヘルパーが利用者の分まで強い自覚を持たなければならない。

 それが、仕事をするということ、会社に所属するということ、報酬を得るということなのだから。

 会社勤めをしないとわからないことでもあるし、会社勤めの経験があっても専業主婦として長年家庭におさまっていると、そのあたりの感覚が鈍くなることは否めない。でも、真の介護ヘルパーとして進化するために一番大切なものであることは確かだ。
 だけど、「そこらへんのおばちゃん」からステップアップしようという気持ちは、謝るより先に言い訳を連ねるヘルパーおばちゃん軍団には、ない。

 私もいつかは必ず、彼女たちぐらいの年齢になる。その時に自分がどんな人生を歩んでいるか想像もできないけれど、ひとつだけ言えることがある。
 それは、30〜40代の自分の子供のような世代から「そこらへんのおばちゃん」と十把一絡げのような呼ばれ方をされるようなおばちゃんにはなりたくないな、ということ。

 どうせなるのなら、プロのおばちゃんになりたいから。

 以前テレビのインタビュー番組で、作家の唯川恵さんが女性の年代について「ほしいほしいの20代、選択の30代、深める40代」とおっしゃったことがあったのだが、私は今でもこの言葉がとても印象に残っている。

 50代まであと10年。唯川さんがおっしゃる「深める」40代を過ごすことができれば、プロのおばちゃんに近づけそうだが・・・。
 女性として、人間として、これから私はどのように過ごしていこうか。
 何をどう深めていけば、「そこらへんのおばちゃん」にならずにすむのだろうか。

 もしかしたら、この思いをずっと持ち続け、考え続けることが、「そこらへんのおばちゃん」への回避に一番大切なことなのかもしれない。