「ひーエッセイ」 バックナンバー

 

 

   

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目からうろこがぼとりと落ちる
     ★★ひーエッセイ★★     2004/07/16 発行
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第108巻 「私にとって怖い職業・改稿版」
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 教師の不祥事が連日報道されている。そんな報道を見聞きするたびに、自分の学生時代のことを思い浮かべる。
 今とは違って、私の学生時代はとにかく生徒数が多かった。1クラス平均40人以上、全校生徒は1,500人ほど。生徒を見守るだけでも教師は必死だっただろう。給食のおばちゃんやら用務員のおっちゃんという教師以外の人もいたから、当時の学校内は小さな町だったのかもしれない。

 中学時代は「校内暴力」という言葉が合い言葉のように使われていた。
 私が通っていた中学校も、当時は地元でも有名な荒れた学校で、トイレでシンナーを吸っている生徒もいた。生徒が教師に切りつけるという殺人未遂事件が起こり、新聞沙汰になったりもした。

 子供を取り巻く環境が変わりつつあった時代だった。教師は生徒より一段高い場所で威厳を保っていたはずなのに、いつの間にか教師が生徒に対して一歩引いてしまうということが起こり始めていた。
 それでも、今も私の心に残っている教師たちも数多い。

 集中して物事に取り組めば、多少の雑音などは耳に入ってこないことを教えてくれた教師がいた。真剣に授業を聞いていて、廊下を走る人の足音が聞こえなかった時の驚きは、今も忘れられない。

 クラス中のみんなが慕っていたのに、私だけがどうにもなじめなかったという教師もいた。今思い出しても優しくて素朴な人だったのに、なぜだったのだろう。今もわからない。

 黒板いっぱいに数学の公式や解き方を書きなぐり、それをノートに転記させた後に「この解き方は間違い!」と言いながら黒板に大きく×印を付けた教師もいた。
 あっけにとられる生徒たちに、「君たちのノートにもバッテンをつけておきなさい。この解答法は間違っているんだから」と言い放ったのには笑ったなぁ。

 指名用カードを使う教師もいた。新学年になっての授業初日に生徒たちにカードを配って名前を書かせて回収、それをトランプのようにシャッフルして使用するのだ。
 名簿順のように決まった方法にすると、それを見越してピンポイントで宿題をしてくる輩が存在するからなのだが、あれはどきどきしたなぁ。

 悪さをした男の子たちを廊下に並ばせ、お仕置きにと彼らのおしりをぺんぺん叩く教師もいたし、細い木の棒にテープを巻き付けたお手製の棒を持参し、授業中に騒がしくなるとその棒で思いっきり教卓を叩いて生徒をびびらす教師だっていた。
 住宅街で鬼ごっこをさせてくれた教師もいた。調子が悪くなった孵卵器で弁当を暖めていた教師もいたし、冬になるとストーブの上で給食のパンを焼くことを許してくれた教師もいた。

 反対に、説得力がない教師やおとなしすぎる教師だと、授業中は大騒ぎとなる。今で言う「学級崩壊」の芽が、私の学生時代に既に出始めていたのだ。そんな時、困ったような泣きそうな顔をしながらため息をついていた教師もいた。
 しょっちゅう休みを取って生徒たちに自習させ、ある日突然退職してしまった、けったいな教師もいるにはいた。

 でもどの教師も、総じて一生懸命だった。そして、個性があった。教科書に頼らない授業を単独で展開する教師もいた。そういった意味では、当時の教師は「サラリーマン」ではなかった。
 もちろん馬が合わない教師だっていたし、幼心に尊敬できる人だと思える教師だっていた。友達は「好き」だと言うけれど、私は「嫌い」だと思う教師もいた。

 でも、学校っていうのは机上の勉強をする場所だけではなく、子供が様々な大人と巡り会い、人間の多様性を学ぶ場所でもあると思うのだ。教師はその見本。
 だからこそ教師はその昔「聖職」とされ、今でも「先生」という尊敬に値する称号で呼ばれ続けているのだ。

 学生を終えて約20年ほど経過した今、私は思う。教師にならなくて、本当によかったと。
 自分を律することがなかなかできず、かつ教師という職業が持つ怖さを乗り越える勇気のない私が、就くべき職業ではないからだ。

 私の母はいわゆる「安定した職業」に固執していて、4年制の大学へ行けだの、教師とか看護婦(士)のような職につけだのと、私にしょっちゅう言っていた。
 だが看護婦はともかく、教師になるという選択肢は、当時から私にはなかった。

 跳び箱にはつまづき、鉄棒からは落ち、ボールを投げれば前には飛ばないという致命的な運動神経のなさもあったけれど、「安定しているから」という理由だけで選ぶような軽い職業ではないと思っていたからだ。

 多数の子供を多数の親から託され、自分のちょっとした言動で子供の人生が大きく変わってしまう可能性があるという重責。自分の生き方がそのまま子供に投影される場合だってあるのだ。これは、怖い。
 しかもその子供たちと、一生つきあえる訳ではない。親とは違い、やり直しのチャンスは限られている。

 そして教師には、場合によっては24時間教師であり続けなければならないという覚悟だって必要だ。なぜなら、子供や子供の親はどんなときでも彼等を「教師」として扱うから。
 教師と己の資質を同時に磨き続けなければならないのだ。相手が子供だからこそ、よけいに手抜きは許されない。ちょっと油断をすれば、全てが崩壊してしまう。これも、怖い。

 教師ほど、公私のバランスが取りにくい職業も少ないだろう。

 そして何よりも私が怖いと思うこと。それは「先生」と呼ばれ続けると、自分が特別な人間だと錯覚してしまうことがあり得るということだ。
 周りの人が全て「先生」と呼び、表向きは尊敬の眼で自分のことを見つめる。政治家や医師もそうだが、そのような周りの態度によって自分を大きくしていく人もいるが、反対に自分を見失い人間性が崩壊していく人だっているのだ。

 今も昔も変わらない私の考え。それは、世の中で一番怖い職業は学校の教師である、ということ。
 子供を教え、導くということは、非常にやりがいがある。だがいかに大変なことか。いかに重要なことか。そしていかに怖いことか。

 教師という職業が持つ怖さを忘れず、教師であるという高いプライドを保ち続け、時には自分の生き方をさらけ出し、損得勘定抜きで務める覚悟がなければ、志す職業ではない。単なるサラリーマンではいけないと思うのだ。
 だからこそ、ニュースは教師の不祥事を伝え続けるのだ。事件を通じて、教師の資質を問い続けているのだ。

 私の考えは、かなわぬ理想なのかもしれない。だけど、子供を人間として育て上げる役目の一部を担っているのが、教師なのだ。言い換えれば、教師は国の将来をも担っているということだ。

 もし教師の中に「怖さ」を感じない人がいるとしたら、私はそれが一番怖い。