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<ひーエッセイ 第10巻 ★★私が会社をやめたわけ・敗北編★★>
発行日:'01/09/03(Mon)


 3月に入ったある日、私は私用で会社を欠勤していた。そこへ、携帯メールが入ってきた。発信人はN氏の事業部の女性だった。
「社長が、Y氏の事業部に向かった」という内容だった。

 2〜3日後、社長からその時の様子を聞かされたN氏から、詳細情報が入ってきた。社長はとうとうY氏をとっつかまえ、事務所の近所の喫茶店に連れて行き、そこで背任行為の件をY氏に問い詰めたのだ。

「社長から問い詰められたYさんなあ、最初は『そんなこと、絶対にやってません』って言うとったんやて。社長が証拠をつきつけたら、みるみるうちに顔が真っ青になって、顔の筋肉も引きつっとったらしいで。水を何杯もおかわりしてたんやて。社長も笑っとったで。俺、その様子、直に見たかったわ」
「へえ、ざまあみろですねえ」
「それでな、社長が、S氏はあんたが連れていったらええとして、B氏と私をどないすんねんってYさんに聞いたらな、どもりもって『い、いや、2人とも必要な人材です』って答えたらしいで」
「信じられへん! 前は確か、私をSさんの代わりにやめさせるって言うたはったんでしょ?」
「そうそう、だから社長がYさんに言ったらしいで。『あんた、この前言うとったことと違うやないか』って。Yさん、黙り込んだらしいわ」
「はっはっは!」

 それからしばらくして、4月20日でのY氏の退職が本人の口から発表された。その際に、Y氏は私たちにこう言った。
「本当は12月で退職予定だったのが、社長の慰留で延び延びになっていました。4月20日で今回は本当に退職します。私の退職に伴って、この事業部は閉鎖になります。各自どうするか考えるように」
 あまりの無責任な言葉に、怒りを通り越して笑いがこみ上げてきたのを覚えている。

 退職まであと1週間と迫った日、仕事中だった私は突然Y氏から「自宅謹慎処分」を言い渡された。机の上に置かれた書類も起動したパソコンもそのままにして、このまま家に帰りなさいと言われたのである。

 私の不在時に、Y氏は私が使用していたパソコンをしょっちゅう立ち上げていた。時には、私宛に届いたメールの受信までしていた。
「会社で使用している物は、オープンにしておかなければならない。やましいことをしていなければ、見られても平気じゃないのか」というのがY氏の言い分。だけど私には、Y氏のしている行為は、他人の家のポストをのぞき込んで、届いている手紙を開封するようなものじゃないのかと思えてならない。

 それにY氏は、今やっている仕事と同じようなことを、個人会社でやろうとしていた。人脈だけならまだしも、数字やデータをY氏に持ち逃げされるのは、私は絶対いやだった。背任者であるY氏に、なぜそこまで情報を与えなければならないのか、という気持ちもあった。

 だから私は、メールソフトや販売管理ソフトに、起動時パスワードをかけていた。彼は、私のその行為に激怒したのだ。私が誰とどのようなことをメールでやりとりしているのかもつかめないし、今後の自分の事業のためのデータ吸い上げもできない。自分を監視している私を追い出したくて、仕方がなかったのだろう。

 結局の所、こういう状況になったのは全て私のせいだと思っていたのである。根性がひん曲がったおっさんである。

 私が帰宅した後にやってきた社長にY氏は、自分も4月20日で退職するので、代わりに私もやめさせてくれと頼んだそうである。後日、社長は私にこうおっしゃっていた。
「あいつ、あんたを追い出して、好きなことをしようと思っとったんやで。あんたがおらんようになったら、後は逆らう奴、いてへんもんなあ」

 社長のおかげですぐに謹慎処分は解けた。そのうえ、この話を聞きつけたよその部署の人たちから、次々に激励の電話が入ってきた。しばらくの間、携帯の呼び出し音がとぎれることなく続いた。このときほど、私は1人じゃないって感じたことはなかった。

 彼の退職まであと1週間。捨て身のY氏が私に対して何をするかわからず怖かったのだが、今逃げ出してしまっては、自分のこれまでの意地が無駄になってしまう。必死の思いで出社した私を見たY氏は、なぜか驚いていた。

「なんで出て来たんや?」
「あの日の夕方、社長からお電話をいただきましたんで」
「なんて言うとった?」
「Y氏にもちゃんと話しておいたから、通常通り出社してくださいとおっしゃいました」

 そのあとY氏はすぐ出かけてしまい、その日は事務所に戻らなかった。そして退職までの1週間、Y氏はろくすっぽ事務所にいなかった。事務所に出入りするのは、私がいない時だった。

 退職の日、Y氏は明るく「それではみなさん、ごきげんよう」という言葉を残して去っていった。退職したとはいうものの、Y氏の机上にはいつもと同じように書類が山積みにされたままだった。いなくなったという感じはなかった。
 Y氏は、得意先にも仕入先にも、退職の挨拶などは一切していなかった。

 それ以後、残された私たちには直属の上司が不在となった。社長からも、今後のことに関する何の発表もない。だいたいY氏の退職も、社内でも公に発表はされず、詳細を知る人は数少なかったのだ。

 5月下旬、主要仕入先の責任者から社長へ連絡が入った。「是非お伺いして、お話ししたいのですが」とのことだった。
 これを聞いた社長は、代理店契約解除依頼がこの仕入先の訪問の目的だと読み、それに基づいた準備をしていた。だけど仕入先の依頼は、予想とはまるっきり正反対の依頼だった。彼らはこう言ったそうである。
「Y氏を復活させてでも、今まで通り当社の商品を販売してください」
と。

 この丁重な言葉には、当然裏があった。
 普段からその仕入先は、他の代理店が引き受けようとしない面倒なことは、全てY氏に処理依頼を入れてきていた。Y氏が絶対に断らないのを知っているからだ。そのうえB氏は、元々はその仕入先の社員だった人である。仕入先にとってこんな都合のいい「便利屋」は、他にはいなかった。

 でも社長は、仕入先の「丁重な言葉」に舞い上がってしまったのである。裏を読もうとはしなかった。読もうにも、普段離れた場所にいるので、わかりっこないのだが。
 そして、事態は急展開した。

 5月30日、社長とともにY氏は再び会社に姿を現した。そして社長はその場で、Y氏が6月1日から再びここで仕事をすることになったと発表した。
 もちろん一旦やめた会社に復活するわけではなかった。Y氏の個人会社の仕事場が、元々Y氏が座っていた席になるということだった。
 でもそれだと結局は、今までと何も変わりはない。事実上の復活のようなものである。

 そして社長は私を呼び、Y氏の目の前ではっきりとおっしゃった。
「今まであんたとY氏はいろいろあったけれど、こういうことになったんで、これからはまた仲良くやってください」

 会社のプライドよりも、目先の数字を社長が選んだ瞬間だった。
 会社としてY氏を選んだ、それがいやならやめろという、私に対する宣告でもあった。

 2日後の金曜日、Y氏とS氏は不在だった。B氏が目を白黒させる中、私は私物をまとめ、退職届を本社に郵送して、さっさと会社をあとにしたのだった。