コアすぎる、話

 

   


Vol-01 「愛の嵐」

 その10 誇りと、立場をわきまえた純愛

 現在放映中の「新・愛の嵐」も、今週で終了である。書きたいことがあるはずなのに、今の私は疲れている。なぜかというと・・・

 前作とは違いすぎるからだ。


 前作も今作も、昭和9年、17年、25年という3つの時代の中で、ドラマは展開していく。だが今作、この時代を背景にする意味がない。いっそ、戦後から現代にかけてのドラマとした方が、もっとすっきりしたと思う。
 そんなわけで、前作では存在したこのドラマの要であるものが、今作ではぽっかりと抜け落ちているのだ。

 1つめは、「誇り」である。英語でいうところの「プライド」ではない。また、「意固地」というものでもない。

 前作では、絹さんは戦後、あの三枝屋敷から一歩もひかない。小作人もいなくなったので、自分で畑に出るのだが、鍬を持ったこともなかった生活だったので無理がたたる。そして床に伏しがちの生活となる。
 でも彼女は、人に何と言われようと凛としたたたずまいを失わず、夫が残した屋敷を守ろうとする。時代は変わってしまっても変えてはいけないもの、それが「誇り」だと、存在で訴えている。
「人間というものは、持って生まれた運命(さだめ)というものがあるのです。誇りを失ってはいけません」。
 絹さんのこの言葉には、今の日本人が失った心がある。

 もうひとつは「立場をわきまえた純愛」である。

 猛のお墓を建てることを最後まで反対したひかる。
 ひかるが妊娠したことを知って荒れる猛。
 三枝屋敷を大河原から取り戻したときに、ひかるが帰ってこないことにふくれっ面を見せる猛。
 猛から送られたりんどうを胸に抱きしめるひかる。
 ひかるへの思いと猛への意地から離婚を承諾しない大河原。
 そんな息子に業を煮やし、神頼みに突っ走ってしまう大河原の母。
 自分の幸せを考えなさいとひかるに諭す大河原の父。
 ひかるに寄せる猛の思いの深さを知って、自ら潔く身をひく秀子。
 猛とひかるの幸せを心から願いながら世を去った絹。
 その絹の死を心から悲しむ文彦。

 みんなみんな、その時代の中で、それぞれの立場をわきまえた純愛を貫いていた。なぜなら、そういう生き方しか許されなかった時代だったからだ。

 前作「愛の嵐」は、本当に丁寧に作られていた、上質なドラマだった。こんなドラマを、現在見る機会はほとんどない。

 赤白のネグリジェを着たり、風鈴を鳴らしたり、照明に凝ったり、そんなことはこのドラマでは必要のないこと。あくまで「アナログな」ドラマなのだから。
 今の日本人が失ってしまった心を、もっと丁寧に表現してほしかった。それがこのドラマを復活させる目的ではなかったのか。

('02/09/23)