めざせ!ハンドレッドセラーエッセイスト

 

 

   

チョキドリームズ向けコラム「教育を考える」

テーマ 「いじめ・生きるということ」

16.私にとって怖い職業(2004年5月執筆)

私の母はいわゆる「安定した職業」に固執していて、4年制の大学へ行けだの、教師とか看護婦(士)のような職につけだのと、私にしょっちゅう言っていた。だが母の希望は世の母親なら誰でも思うこと。検討はしてみたけれど、私の能力とか学力とか適性とかを全く無視したものだったので、結局全て却下してしまった。

看護婦はともかく、私は学校の教師にだけはなろうとは思わなかった。跳び箱にはつまづき、鉄棒からは落ち、ボールを投げれば前には飛ばないという致命的な運動神経のなさもあったけれど、「安定しているから」という理由だけで選ぶような軽い職業ではないと思ったからだ。

多数の子供を多数の親から託され、自分のちょっとした言動で子供の人生が大きく変わってしまう可能性があるという重責。自分の生き方がそのまま子供に投影される場合だってあるのだ。しかもその子供たちとのつきあいは、非常に短期間。親とは違い、やり直しは効きにくい。

そして教師には、場合によっては24時間教師であり続けなければならないという覚悟だって必要だ。なぜなら、子供や子供の親はどんなときでも彼等を「教師」として扱うから。教師と己の資質を同時に磨き続けなければならないのだ。相手が子供だからこそ、よけいに手抜きは許されない。ちょっと油断をすれば、全てが崩壊してしまう。これほど公私のバランスが取りにくい職業も少ないだろう。
また「先生」と呼ばれ続けると、自分が特別な人間だと錯覚してしまうこともある。それによって自分を失い、人間性の崩壊につながる可能性だってあるのだ。

世の中で一番やりがいがあるけれど、まだまだ未熟な私にとって世の中で一番怖い職業は、学校の教師だ。その考えは、今も昔も変わらない。