めざせ!ハンドレッドセラーエッセイスト

 

 

   

チョキドリームズ向けコラム「教育を考える」

テーマ 「いじめ・生きるということ」

04.老後がわかる人なんていない(2003年12月執筆)

国民年金保険料を払わない人が増えている。特に、若い人の未納率増加は著しい。テレビのインタビュアーに問われ、「保険料を払っていない」と応えた若い人たちの多くは、理由を一様にこう言っている。

「払っても、将来(年金が)もらえるかどうか、わからないし」

私はこの手のニュース番組を見ると、いつも思うのだ。
彼等は「年金が将来もらえるかどうか」がわからないのではなく、「老後」がわからないのだと。そして彼等は「わからない」ことは、考えようとしない。

小さい頃に身近に祖母がいた私ですら、若い頃は自分がいつか老人になるなんてこと、想像もしなかった。
でも老いてゆく祖母は、「老後を考える」というスイッチを私に手渡してくれたような気がする。きっかけがあれば、スイッチを押しなさいと。

あれから何度もスイッチを押したけれど、「老後」なんて、わからない。なぜなら、どんなにあがいても今経験できることではないからだ。
そう、老後がわかる人なんて、誰ひとりいないのだ。

だけど、老後を生きている人は確実に存在する。その生き方や様々な感情、そしてそれぞれの人が持つ誇りを、折に触れ特に子供たちに「見せる」ということが、今一番必要とされていることなのではないだろうか。

核家族化が進み、地域のつながりも薄れた頃に育った親が今、子育てをしている。それは時代の流れで仕方がないことだけれど、「老後」を垣間見ること、そして「人の死を看取る」ことを体験しないまま親になった大人が多いことと、短絡的に人の命を奪う人が増えたこととが、無関係とは言い切れないだろう。

「わからない」という言葉は、誰にでも言える。わからないけれど、考えること。心に留めておくこと。そういう訓練を子供にしておかないと、これからの日本の未来はますます暗くなるだろう。