めざせ!ハンドレッドセラーエッセイスト

 

 

   

チョキドリームズ向けコラム「教育を考える」

テーマ 「いじめ・生きるということ」

01.「お子様」は嫌い(2003年10月執筆)

 大阪にあるユニバーサル・スタジオ・ジャパンは東京ディズニーランドとは少し違い、大人が楽しむテーマパークである。
 だけど唯一、趣が異なるエリアがある。それが「スヌーピー・スタジオ」だ。

 この日本では、「お子様(大人様という言葉はないけど)」抜きにしての遊園地やテーマパークは、存在意義がない。まさに「日本のお子様」のためだけに設けられたのが、このスヌーピー・スタジオというエリアではないのだろうか。
 実際、本家アメリカのユニバーサル・スタジオには存在しないと聞く。

 私はこの「お子様」という言葉が、大嫌いだ。

 出生率が落ち込み、子供の数は目に見えて少なくなった。だから大人達は、我が子、我が孫、我が甥姪をあらゆる意味で溺愛するようになり、当然それにつけ込んだビジネスが盛んになる。
 ブランド子供服や、子供向け化粧品にアクセサリー。販売する側からは、子供は「金のなる木」だ。

 明らかに大人は子供に媚びを売り、「お子様」とあがめ奉っている。

 そして子供は、大人が媚びていることを幼いながら見抜いている。そしていつしか、子供は大人と対等だと錯覚するようになり、大人を見下す子供さえ現れる。
 だけど本来、大人は人生の先達である。子供に媚びを売る必要は、全くない。

 それに、大人と子供の領域は違う。その領域を大人が明確に示さなければ、子供は大人への一歩を踏み出すことができないと思う。
 子供は大人の背中を見て育つ。でも、見るべき背中を持った大人が少なくなっているのが、現代の暗さの元凶なのではないだろうか。

「お子様」という言葉は、大人の自信のなさの表れのような気がする。