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<ひーエッセイ 第8巻 ★★私が会社をやめたわけ・前編★★>
発行日:'01/08/20(Mon)


 2ヶ月前に退職した会社に、私は8年半勤務していた。
 私が所属していた事業部のトップはY氏。このY氏、社長の信任が非常に厚い、次期社長最右翼候補だった。結構さぶい親父ギャグを連発していた。「トイレへ行っといれ」というギャグを初めて聞いたときには、腰が抜けそうになったものだった。

 一見するとどこにでもいるようなおっさんだが、反面何を考えているかわからないところがあった。
 いろいろな仕事を立案してすぐ実行に移すのだが、とにかく飽きっぽい。飽きると自分で後始末をせず、後処理を部下にやらせる。関連ファイルをどさっと持ってきて、「次から、あんたやって」という言葉だけで。引継も何もない。くちゃくちゃなファイリングなので、何がなんだかさっぱりわからない。Y氏に質問をしても、既に興味をなくしているので中途半端な答えしか返ってこない。

 私もこの後処理役を何度か仰せつかったが、一番たくさん仰せつかったのは、事業部ナンバー2のN氏であった。
 このN氏はY氏と全く正反対で、こだわりの人であった。彼のすごいところは、Y氏の後始末から新しい営業活動に結びつけることができるというようなところだった。
 社会人になってから、私は3度転職している。いろいろな営業マンを見てきたが、N氏は客先の心をつかむのがとても上手な営業マンのうちのひとりだった。彼のフォローがあったから、Y氏が思うとおりに行動できたといっても過言ではなかった。

 しかしY氏には「この事業部を支えているのは自分だ」という強烈な思いがあった。
「自分がこの事業部を作り、自分がこの事業部を発展させ守ってきたんだ」という自尊心が見え隠れしていた。そこには「自分」しか存在しなかった。N氏をはじめとした「部下」の存在は、彼の脳裏にはなかった。

 その証拠にY氏は、部下がたとえ聞かなくても伝達しなくてはいけない最低限の情報さえ、教えてはくれなかった。どこそこの営業所が支店になった、社内の誰々さんが昇進した、今年の昇給はこれくらいだといった話は、すべて社内の噂で耳に入ってくるという状態だった。ひどい時には、得意先から教えてもらうこともあった。
 Y氏に確認すると、「あー、この間の会議でそんなこと言うとったなあ」である。

 そしてN氏は3年前、新しい事業部を興してY氏のもとから去っていった。Y氏の数々の行動や言動に愛想をつかしたのが、原因だった。
 N氏を腹心の部下と思いこみ、彼の考えていることは何でもわかっていると思いこんでいたY氏は、激怒した。だけどY氏は、N氏がなぜ自分のもとを去っていったのかを、考えようとはしなかった。「ここまで育ててやったのに、あいつは俺を裏切った」という憎しみのオーラみたいなものが、体中からにじみ出ていた。私が退職するまで、そのオーラは衰えることがなかった。

 N氏に「新事業部設立OK」という社長の決裁が正式に降りてからは、Y氏はN氏との一切の接触を断った。N氏が事務所にいる時は、Y氏は出社してこなかった。今後の仕事の進め方等、直接2人の間で話し合われることはなかった。
 彼が事業部を去った次の日、Y氏は元気よく出社してきて、N氏の机があった場所に喜々とした表情で塩をまいていた。その様子を、私はげんなりした気分で見つめていた。そしてこう思った。
「ここも、そう長くは続かないな」と。

 もともといっしょの事業部にいた2人が別々の場所で仕事を始めたので、ややこしいことこの上ない。「分裂」前に何も話し合っていないのだから、事務処理の方法に関しても迷走を極めた。Y氏とN氏の間に挟まれ、右往左往させられたのが、私だった。
 Y氏は、私がN氏の事業部の人間としゃべるのをいやがるくせに、N氏の事業部に用事があるときは私を使っていた。N氏も同じように、私を介してY氏としゃべっていた。直接話し合えばすぐ解決する問題さえも私を介して話すので、私は一度、「直接話し合ってください!」とぶち切れたことがある。

 それから2年。Y氏の事業部の営業成績は、坂道をころがるように悪化していった。業績がよかった時代に油断をして、Y氏はろくすっぽ営業活動をしていなかった。そのつけが回ってきたのだ。折しも、世の中は底なしの不景気地獄。客先からの電話もなくなり、私も1日中仕事がないという日々が続いた。

 Y氏も窓の外を見つめて、ぼんやりしていることが多くなった。前の会社をリストラされたところを拾ってもらったので、Y氏に頭があがらない営業マンS氏(50代男性)は、お昼寝をしている。自分にやっかいごとがふりかかるのがとにかくいやで、自分の気にくわないことからは「よくわかんない」という言葉で逃げ回る、技術担当B氏(30代男性)は、暇そうにパソコンの画面を覗いている。前向きな仕事をしている人間は、誰1人いなかった。

 一方、N氏の事業部の成績は非常に順調に伸びていた。勢いもあった。

「あいつ(N氏)が、おいしい物件を全部持って出てしまったから、こんなことになったんだ」
 くやしくてたまらないけれど、直接N氏としゃべる勇気がないY氏は、次第に私に八つ当たりをするようになった。
 そしてとうとう、N氏の事業部としゃべることが「背任行為」とみなされるまでになってしまった。私は訳がわからないうちに、Y氏の頭の中では「背任者」となってしまったのである。

「あっち(N氏の事業部)と何でも電話でしゃべってるようやけど、友達と思ってるんか」
「そりゃあ仕事をしてるんですから、電話でしゃべることもありますよ。それに私は、仕事中は友達という感覚ではしゃべってないです。いっしょの会社で働いている『仲間』と思ってます」
「あいつらは、仲間と違う」
「仲間やなかったら、何なんですか?」
「・・・・・」
「何なんですか? 教えてください」
「・・・・・」

 何でこんな低レベルの言い争いを、一回り以上年上の上司としなければならないのかと思うと、情けなくて仕方がなかった。しかも、私が仕掛けたけんかではないのだ。ひとしきり言い合いした後、Y氏は私にこうのたまわれた。
「部下は上司を選ばれへん。私を気に入らないなら、辛抱するか、私のことを好きになるよう努力するか、やめるかや」

 そうこうしているうちに、このままの営業成績が続くようなら、事務所が閉鎖されるという話が持ち上がった。その話の中でも、Y氏は前向きな話は一切しなかった。「昔はこうだった。こういう事態になったのは、仕入先の状況の変化のせい、不景気のせい、N氏のせい」と言い、「今まではこういう状態で、今こういう打開策をうっていて、将来的にこういうふうにしていきたい。だからがんばろう」というような具体策は皆無だった。「不景気はこれからもまだ続くし、物件も今はないから」と、後ろ向きなことばかり言っていた。

 そしてY氏は昨年の11月、社長に退職届を提出した。提出後、彼はこう宣言した。
「社長が私を止めにかかっていますが、私の決心は固いです。12月20日付けで、退職します。これは決定です」

<次回に続く>